(毎日 4月19日)
医薬品や化粧品、食品は、私たちが生活するのに
欠かせない存在だが、その多くは「遺伝資源」と呼ばれる
動植物や微生物などを利用して開発。
そこで浮上した課題が、企業などが遺伝資源を使って
利益を得た際、提供側に利益をどう公平に配分するか。
各国は、その枠組みとなる議定書を、10月に名古屋市で
開かれる国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で
採択することを目指す。
遺伝資源を提供する途上国と、科学技術を生かして
遺伝資源を利用する先進国の対立は根深い。
「名古屋議定書」の行方は不透明。
この問題をめぐる交渉は、01年「ABS(遺伝資源へのアクセスと
公平な利益配分)作業部会」が設置されて本格化。
9回目となる作業部会は、コロンビアで3月22~28日に開かれ、
各国の政府代表や非政府組織(NGO)など約500人が出席。
直前には、「遺伝資源を提供する国に、利益が確実に
配分されるよう、締約国は国内法を整備する」、
「法的拘束力のある議定書の採択を目指す」などとした
議定書素案が各国に提示。
交渉の進展が期待されたが、対立解消の兆しはなかった。
途上国は、先進国に遺伝資源の出所の明記など、
原産国から持ち出された遺伝資源が最終的に製品化されるまでを
追跡できる仕組みが必要と主張。
先進国は、出所の開示は議定書の規定ではなく、
個別契約による柔軟な対応を提案。
提供国側の国内法整備と透明性確保を求めた。
多くの途上国は、法的整備が進んでいない。
遺伝資源から得られる利益についても、途上国はその対象を、
微生物が作り出した化合物に手を加えた「派生物」に拡大するよう
訴えたが、先進国は「個々の契約で対応すべきだ」と対立。
26日、南アフリカ代表が仕切り直しを求めて席を立ち、交渉が中断。
議定書の原案だった文書には、「議定書の原案は交渉しておらず、
今後も各国が修正する」との注釈を付けて閉幕。
この作業部会は、COP10前の最後の交渉の場として設定。
このままでは、COP10で議定書採択の見通しが立たなくなるため、
6月に再開することで、何とか議論継続が決まった。
交渉を見守ったバイオインダストリー協会の
炭田精造・生物資源総合研究所長は、
「途上国と先進国の隔たりは、依然大きい。
COP10は、困難な交渉となる」
遺伝資源をめぐる対立の歴史は長い。
条約が発効する93年以前、遺伝資源を利用するための
国際ルールはなく、誰でも自由に利用できた。
遺伝資源探索企業「ニムラ・ジェネティック・ソリューションズ」(東京)の
二村聡社長は94年、マレーシアで開かれた
国際シンポジウムでの出来事が忘れられない。
米国の研究者が、抗がん剤を植物から探す共同研究を、
東南アジアと実施していると成果を発表した直後、
「バイオパイレーツだ」と非難。
バイオは生物、パイレーツは海賊を意味する英語。
02年、ABSの手続きの大枠を定めた自主的指針
「ボン・ガイドライン」ができたが、途上国は法的拘束力のある
枠組みが必要と主張。
「先進国は、我々の資源を使って収益を上げている」と途上国は強調、
先進国も、「この分野では、途上国に利益を還元しにくい事情がある」
医薬品の場合、開発に十数年要することも珍しくなく、
成功しないことすらある。
遺伝資源の利用に厳しい制限がかかると、資源開発自体が進まず、
先進国は、「途上国への利益配分もできなくなる」と理解を求める。
今回の作業部会で、途上国は議定書の適用時期について、
生物多様性条約発効前までさかのぼるよう主張。
アフリカの一部から、「大航海時代(15~17世紀)まで
さかのぼってほしい」との声。
二村さんは、「植民地支配を受けた途上国が、資源を収奪された、
という思いが根強く、今も変わっていない。
歴史的な背景を理解する必要がある」と解説。
◇独立行政法人通じた連携強化 「相手国との信頼が大切」
現在、国内の企業や研究機関は、どのように遺伝資源を探索し、
途上国との連携をどう強化しているのか?
飲料メーカー「カルピス」は07年、モンゴルの遊牧民族の
約40家庭を訪れ、伝統食品の発酵乳などを集めた。
発酵乳の味を作り出す乳酸菌と酵母を取り出すのが狙い。
分離した乳酸菌118種、酵母111種はすべて既知だったが、
同じ種でもたんぱく質の分解力などに違いのあることが分かり、
将来の新商品開発に役立つと期待。
この調査は、独立行政法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」
が公募した官民共同プロジェクトの一つ、
モンゴルとの事前交渉は、独立行政法人
「製品評価技術基盤機構(NITE)」が担当。
カルピス健康・機能性食品開発研究所の安田源太郎主任は、
「企業が事前交渉すれば、膨大なお金と時間がかかる。
今回は、応募から実施まで半年足らずで済んだ」
NITEが、モンゴルの研究機関と結んだ契約によると、
遺伝資源の所有権はモンゴル側にある。
発酵乳の収集やそこから乳酸菌などを取り出す「分離」という
技術力の育成に協力する。
遺伝資源は、NITEとモンゴルの研究機関で保管し、
カルピスは1年契約で借りて研究。
今回の利用料は1株500円、NITEを通してモンゴルに支払われる。
将来、カルピスが商業利用した場合、
売り上げの一部をモンゴルに支払う。
NITEは、ボン・ガイドラインができた02年以降、
モンゴルだけでなく、インドネシアやベトナムなど資源国と、
微生物資源の保全と持続的利用に関する覚書を交わした。
現地の研究機関と共同研究契約を結び、
微生物の収集・保全に取り組んでいる。
集めた微生物約1万9000株は保管され、年間契約を結んだ
日本企業に提供。
安藤勝彦・参事官は、「地道に信頼関係を築くことが大切」
財団法人「バイオインダストリー協会」と経済産業省は、
途上国と協力が円滑に進むよう、ボン・ガイドラインに基づいた
「遺伝資源へのアクセス手引」を作成。
独自に、海外の遺伝資源取得に取り組む国内企業や大学などの
相談窓口も設けている。
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<遺伝資源をめぐる動き>
92年 5月 生物多様性条約採択
93年12月 条約発効
02年 4月 COP6でABS指針「ボン・ガイドライン」を採択
8月 環境・開発サミットで、新たなABSの枠組み交渉開始を決定
06年 3月 COP8でCOP10までに枠組みの結論を出すと決定
10年 3月 作業部会で議定書原案を協議
6月 再開作業部会
10月 COP10
*COPは条約締約国会議、それに続く数字は開催回を指す
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◇生物多様性条約
生物多様性の保全と持続可能な利用を目指し、92年に採択。
気候変動枠組み条約とともに、「双子の条約」と呼ばれる。
現在の締約国は、193カ国・地域。
米国は、遺伝資源の利用に規定を設けることはバイオ産業への
影響が大きいなどとし、批准していない。
◇ボン・ガイドライン
「遺伝資源へのアクセスと公平な利益配分(ABS)」の手続きの
大枠を定めた自主的指針。
企業などが遺伝資源を持ち出す場合、先住民や地域社会に
事前同意をとることや、公平な利益配分をするための
基本的な考え方や奨励手続きを規定。
http://mainichi.jp/select/science/news/20100419ddm016040008000c.html
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