2010年5月1日土曜日

スポーツ立国 第1部 支援(2)選手強化 企業依存の限界

(読売 4月23日)

2月のバンクーバー五輪スピードスケート男子500m、
銀の長島圭一郎と銅の加藤条治が表彰台に。
その2人を支え続けたのは、長野県下諏訪町にある
「日本電産サンキョー」。

「欲しいものがあったら、何でも言え」
廃部の危機に立たされた7年前、会長に就任した永守重信
スケート部の存続を決め、世界で勝つための
環境整備に乗り出した。
専属トレーナーを雇い、コーチも増員。
トリノ五輪の時、移動用にビジネスクラスの航空券を用意。
五輪メダルの報奨金制度も設けた。
バンクーバーの銀は1000万円、銅は600万円。
半額は会社が負担、残りは永守のポケットマネーで賄った。

そこまでして支援するのはなぜか?
永守は言い切る。
「このままでは、日本の冬季競技はダメになる。
誰かがこだわらんといかん」

こんな恵まれた環境は、今の日本スポーツ界では例外。
長引く不況は、スポーツ界を支える企業の力を奪っている。
昨年12月、社会人野球の日産自動車が50年の歴史に幕を下ろした。
日本一を決める都市対抗を2度も制し、
多くのプロ選手を輩出した名門も、休部に。
野球部員26人は、全員が正社員。
14人がユニホームを脱ぎ、スーツ姿の生活を選んだ。

選手の強化を企業が担う――
日本の特長である、「実業団」の仕組みは崩れつつある。
「景気が良くなり、野球部が復活する日が来ると信じている」
最後の監督となった久保恭久は願う。

企業チームの休・廃部は、野球だけではない。
スポーツマーケティング企業のアイシーティースポーツによると、
1992年~2009年の間、約320の企業チームが消滅。
野村総合研究所上級コンサルタントの三崎冨査雄は、
「企業は、コストのかかる団体競技から撤退する傾向にある」

企業の支援形態も変わった。
選手の雇用を、正社員から契約社員の扱いに変更したり、
チームを持たずに大会の運営に資金を提供するだけになったり。

文部科学省は昨年、実業団のような形でスポーツを支援する
企業の税制優遇を検討。
「文化や芸術もあるのに、なぜスポーツだけか」という
論議がネックとなり、実現は難しい。
日本スポーツ界は土台から、大きく揺れ始めている。

http://www.yomiuri.co.jp/sports/feature/rikkoku/ri20100423_01.htm

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