2010年7月28日水曜日

産学官連携のための人材育成

(Nature 2010年6月24日号)

科学はかつて、未知の現象への好奇心だけで成り立っていた。
放射線の発見以来、科学と社会は密接な関係をもつ。
21世紀、研究開発の国際競争は激化し、知的財産権や技術移転が
重要になっている現在、産・学・官を橋渡しし、研究から実用化まで
迅速に進めることが不可欠。

すべての大学や研究機関で、産学官の連携が
滞りなくいっているわけではない。

煩雑な申請書類の作成、事業プランの作成、研究者と企業の
コーディネートなど、抱える問題は山積。
産学官連携にマッチした人材の不足は大きな課題で、
早急な人材育成が必要。

今回、いくつかの取り組みを紹介しながら、
今後の産学官連携の人材育成を展望する。

文部科学省の2008年度「大学等における産学連携等実施状況調査」
によれば、産学の共同研究件数(1万7638件)・
研究費総額(約440億円)は、ともに前年比9%増、
受託研究件数(1万9201件)・研究費総額(約1700億円)も過去最高。

特許出願は、9435件(国内・海外)と4%減、
特許権の実施件数(5306件)は21%、
実施料収入額(約10億円)は27%増加。
日本の産学官連携は、順調に進行しているように思われる。

一方、日本学術会議科学者委員会・知的財産検討分科会が
2009 年に行った知的財産制度の影響についての調査では、
学術コミュニティーは、研究成果の社会への還元や産学連携に
役立つといった利点を認めつつ、特許出願のために
論文のために研究発表が遅れる、権利意識が高まり研究活動が
制限されるなどのマイナス面もあり、
知財化や産学官連携はまだスムーズとはいえない。

◆産学官連携は次のステップへ

日刊工業新聞社で、産学官連携を10 年間担当してきた
山本佳世子編集委員は、産学官連携は国立大学法人化前からの
盛り上がりが収束し、転換期に差しかかっている。

「当初は特許が重視され、技術の目利きができる人材が必要と
考えられていた。その結果、特許件数は増えたが、
それがライセンス化や商品化につながっていない。
今では運用がより重視され、技術の目利きより、
コミュニケーション能力をもち、マーケティングができ、
問題に対処できる人が求められている

産学官連携にかかわる人材は、弁護士や弁理士のような
国家資格を除いて、OJT(on the job training)で経験を
積み重ねれば仕事ができるようになるが、
大学や研究機関などにはポストが少なく、
非正規雇用者が多い。

大規模でトップクラスの国立大学や私立大学と、
小規模な地方大学との格差も広がっている。
地域の拠点となっていない地方大学では、産学官連携にかかわる
組織も小さく、連携できるような企業も少ない。
国際連携はもちろん、大学内での発明の開拓や企業への
プレゼンテーションも難しいため、企業との共同研究の成果に
しぼって特許出願するなどの工夫」と、山本編集委員。

2009年秋の行政刷新会議の事業仕分けにより、
文科省『都市エリア産学官連携促進事業』は廃止、
『知的クラスター創成事業』、『産学官民連携による
地域イノベーションクラスター創成事業』、『産学官連携戦略展開事業』
3つの事業は、『イノベーションシステム整備事業
(地域イノベーションクラスタープログラムと大学等産学官連携
自立化促進プログラム)』に一本化。

大学等産学官連携自立化促進プログラムは、
国際的な産学官連携活動や特色ある産学官連携活動の強化、
産学官連携コーディネーター配置等の支援を通じて、
大学等の産学官連携活動の自立をめざしている(約26億円)。

産学官連携は、文科省の大学知的財産本部整備事業
(03~07年度)やそれを引き継ぐ上記の事業、
経済産業省の創造的産学連携体制整備事業などで、
組織の構築や人材育成は一段落し、今、新たなステージ。

◆寄り合い所帯をコーディネート

産学官連携には、文科省系の産学官連携コーディネーター、
経産省系の特許流通アドバイザー、クラスターマネジャーなど
さまざまな肩書きをもつ人材がかかわり、それぞれの強みを生かし、
知財活用や事業化などを推進。

09年4月、文科省と経産省支援により設立された
全国イノベーション推進機関ネットワークが、
TLO(技術移転機関)や産学官連携本部、企業・自治体等を
対象に行ったアンケート調査では、所属組織によって
仕事への意識が異なっていた(約800名から回答)。

前田裕子事業総括は、「大学や研究機関に所属する人は研究者寄り、
企業が出資する組織に所属する人は企業寄りに考えている。
産学をつなぐ人材の意識がどちらかに偏っていては、
連携はうまくいかない」

同ネットワークでは、本年度から、前田事業統括が
文科省委託業務の事業実施者となり、
『全国的なコーディネート活動ネットワークの構築、強化事業』を開始。

このプロジェクトでは、東京農工大学TLO 副社長や
東京医科歯科大学技術移転センター長を務めた前田事業総括の
経験を生かし、全国会議で国の施策や成功事例などを学び、
地域会議でグループワークなどを行う。

同ネットワークには、400名以上が会員登録、
「産学官連携を担う人材には、どんな資質や知識、体験が
求められるのかを追求しながら、意識改革にも役立つ研修を行いたい」

◆組織間の連携と仕事の効率化

大学で産学官連携を担う組織は、産学官連携本部、知的財産本部、
共同研究センター、TLO、ベンチャーキャピタルなど、
これらの組織が縦割りになっていて、業務が滞る事例も。

「特許出願までを知財本部が扱い、ライセンス化からを
TLOに任せるという形では、技術移転にふさわしい形での
特許出願が難しく、企業のニーズとマッチしにくい。
1つの発明案件は、生まれる前から
1つの組織が継続してみていくべき

外部からみると、各組織の担当業務がわかりにくいのもデメリット。
産学官連携本部が中心となり、各組織をまとめたり、一部の組織を
廃止したりする動きが盛ん。
それぞれの組織には、教授や事務職員のポスト、予算などがあり、
教授会と産学官連携組織の力関係も影響するため、なかなか難しい。

前田事業総括は、「大学には、教授職と事務職員という
2つのカテゴリーしかなく、教授になるには弁理士のような国家資格や
博士号が求められ、授業をもたなければならないなどの縛りが。
産学官連携に携わる、専門的な知識をもつ人材には、
中間職的なポストを設けるといいのでは」と提案。

京都大学産官学連携本部は、4月に産学連携センターを統合し、
センターにあった教授職ポストを減らしつつある。
今年度中に、中間職的なポストを新設、専門性の強い職種を
産学連携本部の中間職ポストに移譲するなどの計画を検討中。

現在、大学の特許出願は、学内外の25~30名からなる
発明評価委員会が月2回審議、
「より効果的な態勢に変える必要がある」と牧野圭祐本部長(特任教授)。

◆専門性は絶対に必要ではない

東京大学TLOは、承認TLOの中でも、ライセンス化による
成功報酬を主な収入源とし、黒字化している数少ないTLO。

これまで毎年数名を中途採用し、今年から新卒採用も行っている。
東大TLOでは、研究者へのヒアリング、発明の市場性や
特許性の評価、弁理士への特許明細書作成依頼、
橋渡しする企業の検索、企業へのプレゼンテーション、
契約書の作成までの一連の作業を、1 人の担当者が行う。

山本貴史社長は、「理系のバックグランウンドや専門知識は
助けになるが、絶対必要というわけではない」と断言。
実際、同社でライセンス業務にかかわる社員のほぼ半数が文系出身者。

「会社の設立当初は、自分にないものをもっている人、
企業の知財担当者、理系の専門性の高い人などを採用したが、
必ずしもうまくいかない。
経歴より、面接で感じる人柄やコミュニケーション能力を重視

同社では採用後、社内研修を受けさせ、OJTで訓練する。
英語が堪能でなくても、入社わずかで海外に2週間の研修に
行かせることも。

山本社長は、一般社団法人大学技術移転協議会(UNITT)の
研修も担当。
基礎編と応用編があり、基礎編では、山本社長が“ゲルで
人工軟骨を作る方法を開発した研究者”に扮ふんし、
参加者が全員の前でインタビュー、発明の抽出、
弁理士への依頼などを行う。

応用編では、契約やベンチャー企業の新株予約権の発行、
利益相反マネジメントなどを扱う。
「当社で実際に使用している契約書などを教材とした、
実践的な内容になっている。
みんなが知識やノウハウを共有し、レベルアップすることができれば」

◆国際連携や知財戦略での人材不足

今後、日本の技術力や経済力のアップにますます重要になるのが、
国際的な産学官連携。
文科省は、大学等産学官連携自立化促進プログラムを創設し、
国際的な産学連携活動の推進を掲げ、採択された機関では既に、
人材研修や調査研究などが始まっている。

京都大学産官学連携本部では、4月、ハーバード大学の
Office of Technology Development(OTD)と覚書を締結。
牧野本部長は、「研究と教育を大切にし、技術移転などの
サービスはその次、というハーバード大学の姿勢は、京大と共通。
OTDでは、職員全員が法学や生物学などの博士号と
企業経験をもち、リストラなどでよく入れ替わることには驚いた」

「日本では、このような経歴をもつ人材はほとんどいないし、
いたとしても大学に就職するなんて考えられない。
当面、企業退職者や経験豊富な弁理士などに来てもらい、
国際連携を進めていく」

国際的な知財戦略に関して、特に中国の動きから目が離せない。
東京大学先端科学技術研究センターの渡部俊也教授は、
「先進的な知財法が整備された一方、コピー商品が出回っている。
世界は、この二面性につき合わざるを得ない」

先端的な発明を生む大学の特許出願を比べれば、
現在、中国の大学からは4万件前後、日本の6倍近く。
「将来、中国マーケットに進出した日本企業が、
これらの特許侵害で敗訴する例もでてくる」

これは、ビジネスチャンスともいえるが、
「弁護士や弁理士でも中国にネットワークをもち、
交渉に長けている人はそれほど多くない。
企業も備えが手薄。
中国をはじめ、アジアでの知財戦略は、専門家の育成に
しっかり取り組むことが重要

◆大学での実践教育

大学で、イノベーションの創出や企業の組織・経営などについて
教育することも、産学官連携の裾野を広げることに役立つ。

00年代前半から大学では、技術版のビジネススクールともいえる、
技術経営に関する専門職大学院が設置。
各大学院は、特性に応じて、技術マネジメントや知財などに関する
専攻や教育プログラムを用意。

東京工業大学は、02年、『産業化を目指したナノ材料開拓と人材育成』
が文科省の21世紀COEプログラムに採択、大学院総合理工学研究科の
材料系4専攻の博士後期課程の中に、ビジネススキルを備えた
研究者を育成するプロジェクトマネージング(PM)コースを設立。

博士論文が必要なコースの定員は10名。
プロジェクトは5年で終了、PMコースは、07年から
グローバルCOEプログラム『材料イノベーションのための
教育研究拠点』が引き継いでいる。

PMコースでは、実践的な経営論や製品開発、投資ファンドなどの
仕組みを学んだ後、学生たちがベンチャー企業を立ち上げる設定で
事業計画書を作成し、プレゼンテーションを行って、評価を受ける。

事業計画書では、経営理念や業務内容、将来性に始まり、
市場動向や事業リスクの分析、株式会社化の見通しや株式公開、
増資まで詳細に分析。

「当初、PMコースに学生が集まるかどうか心配した」、
PMコースのプログラムの立案や実施を担当、担当リーダーを務める、
総合理工学研究科材料物理科学専攻の三島良直教授。

その心配は杞憂に終わった。
毎年6~7名の応募があり、知識と視野を広げることができると
口コミで評判が広がって、研究生や聴講生も増えている。

三島教授は、「将来的には、ここで学んだ学生が、産業界をはじめ
社会のさまざまな分野で活躍するようになり、
博士号取得者のキャリアパスを広げる教育改革の1 つとして、
広く認められるようになるのでは

◆大学から企業へ

主に大学や研究機関での産学官連携のための人材育成や
組織について述べてきたが、「産」を担う企業側の人材はどうか?

東大先端研の渡部俊也教授は、「日本企業では、
自社での技術開発が重視されてきたために、
外部から技術を獲得して活用する歴史がなく、外部技術を評価し、
社内の競合しそうな技術との関係を調整する人材がいない」

東大TLOの山本社長は、「日本の企業は、全体的に判断が遅く、
欧米の企業にライセンス化を働きかける例が多くなってしまう」

各大学や研究機関が個性的・独創的な戦略をもち、
産学官連携の意識をもつ学生を送り出す一方、
企業側でも、博士課程の学生や若手のポスドクを対象とした
インターンシップを活用したり社員として採用したりして、
外部の技術を活用する態勢を作ることが必要。

文科省イノベーション創出若手人材養成プログラムにも選ばれた
東京工業大学は、08年度プロダクティブリーダー養成機構(PLIP)
設立し、博士課程の学生と若手ポスドクの企業での
長期インターンシップを実施。
09年度、派遣されたポスドク9名全員が就職し、
そのうち6名は派遣先へ就職。

これまでの、これから始まるプログラムによって育った人材が、
各大学や研究機関・企業・行政の場に職を得て、あるいは起業して、
人材のネットワークを構築し、知識や経験を交換・共有できるように
なるかどうかが、日本の産学官連携の未来のカギに。

http://www.natureasia.com/japan/nature/ad-focus/100624.php

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