2008年10月8日水曜日

クローズアップ2008:ノーベル物理学賞に日本人3氏

(毎日 10月8日)

ものに質量があり、世界に物質が存在するのはどうしてか?
こうした問いに、新しい素粒子の理論から答えを出したのが、
南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授(87)、益川敏英・京都産業大教授(68)、
小林誠・高エネルギー加速器研究機構名誉教授(64)。
3人の理論によって、素粒子の基本的性質が解明。
湯川秀樹博士、朝永振一郎博士以降、世界のトップレベルを歩んできた
日本の素粒子研究の歴史に新たなページを加えた。

対称性とは何か?
例えば、机の上に本が表紙を上に置いてあっても、逆にしてあっても、
本の性質に変わりはない。

素粒子の世界で、性質が変わらないという常識が通用しない
「非対称性」が起こることを提唱したのが、南部氏。
1960年代、「対称性の自発的な破れ」という概念を導入。
後に素粒子理論の基礎となる「標準理論」や
宇宙誕生後の膨張を説明する「インフレーション理論」に発展。

では、「対称性の破れ」とは何か?
「大勢の客が丸いテーブルにぎっしり着席。
各席の前には皿、ナイフ、フォーク、ナプキンが置いてあるが、
左右どちらのナプキンが自分に属するかわからぬほど左右対称に。
だれか一人が、右側のナプキンを取り上げれば他の客もそれにならい、
とたんに対称性が自発的に破れてしまう」=「クォーク」(講談社)。
その概念は、物質の超電導現象を説明する理論から思いついた。

理論では、物質を構成する素粒子は元来、質量をもたないが、
対称性が破れたところに、素粒子の質量の源がある、という考え。

小林、益川両氏の理論は、素粒子の標準理論が形成されつつある73年に発表。
「対称性の破れ」を、標準理論に沿って検討した結果、
素粒子の一種・クォークについて重要な予測。
宇宙の誕生時には粒子と、その双子のような「反粒子」が一緒に生まれたとされる。
粒子と反粒子が出合うと、光を発して消滅。

ところが、「CP対称性」を認めると、粒子と反粒子は同数で、
宇宙誕生時にできたすべての粒子が反粒子と反応して消える。
小林、益川両氏は、「クォークが少なくとも6種類あれば、
CP対称性の破れは矛盾なく説明できる」と予測。
この理論では、6種類は質量の軽い方から2種類ずつペアで
第1世代、第2世代、第3世代に分かれる。

例えば、水素の原子核である陽子は第1世代のアップクォーク2個、
ダウンクォーク1個でつくられる。
まだクォークが3種類しか見つかっていない時代。

破天荒に見える新説は、さほど関心を集めなかった。
しかし、5番目のクォークが発見されたころから注目を集めた。
6番目のトップクォークも、95年に存在が確認。
小林・益川理論が予言した「破れ方」は、大型加速器を使った実験で証明。

◇加速器実験で裏付け--日本のお家芸に存在感

「日本が貧しく、金のかかる大掛かりな実験も簡単にはできない時代に、
紙と鉛筆だけで勝負できる分野として、日本中の秀才が集まって切磋琢磨した」。
日本物理学会会長も務めた佐藤勝彦・東京大教授(宇宙物理学)は、
日本の理論物理学の強さをこう分析。
「ノーベル賞を受賞した湯川、朝永両氏の影響も大きかった」と
偉大な先人もたたえた。

湯川氏が、1949年日本初のノーベル賞(物理学)を受けて以来、
日本は理論物理学分野で強みを発揮。
現代物理学の基本である「標準理論」に大きく貢献した南部、小林、益川の
3氏が今回、ノーベル物理学賞を独占したことは、
日本伝統の「お家芸」の存在感を改めて示す結果。

南部氏は、湯川氏にあこがれ物理学を志した。
小林氏と益川氏も、湯川氏の弟子に当たる
坂田昌一・名古屋大教授(故人)に師事。
坂田氏の研究室は、「坂田スクール」と呼ばれ、世界的な理論物理学者を輩出。
佐藤さんは、「3人とも、もっと早く受賞してもいいと思っていた。
日本人3人がもらったことは非常に明るいニュースで、
後に続く若い人の励みになる」

紙と鉛筆で練り上げた理論を、実験が後押ししたことも大きい。
小林氏が在籍した高エネルギー加速器研究機構の加速器
「Bファクトリー」は00年、小林・益川理論の中核である
「CP対称性の破れ」を裏付ける実験結果を世界に発表。
鈴木厚人機構長(62)は、「高エネ研そのものが、小林・益川理論を
証明するために設立された。
受賞をバネに、日本がこの分野で世界を引っ張っていくことにつながる」

生出勝宣同機構教授(56)も、「受賞は、始まりにすぎない。
今後、加速器科学を進めることで、毎年のようにノーベル賞が出るのも夢ではない。
ここにかかわる何百人何千人の努力の結晶だ」

一方で課題もある。
宇宙誕生の直後、CP対称性の破れがどのように起きたか、
いまだに正確には分かっていない。
9月にスイス・フランス国境で稼働した大型加速器「LHC」は、
陽子同士を光速に近い速さで衝突させ、宇宙誕生直後の状況を再現しようと試み。
その過程で、CP対称性の破れがどのように生じたか、
課題が解明されることが期待。

◇一つの賞、最大3人

ノーベル賞の受賞者は、一つの賞につき1年で最大3人の枠。
物理学賞は、3人すべてが日本生まれという快挙。

◇麻生首相が祝意

麻生太郎首相は7日夜、小林氏、益川氏の2人に電話し、祝意を伝えた。
首相は、益川氏に「おめでとうございます。とても明るいニュースで、
国民もとても喜んでいると思う。
先生は昭和15年生まれですか?同い年ですね。
若い人が物理学に興味を持ってもらえるようなメッセージを」

益川氏は、「科学にロマンを持つことが大事。
あこがれを持っていれば、勉強もしやすい。
あこがれが受験勉強で弱くなっていると思う」

首相は、小林氏にも祝意を伝えたうえで、「若いのに、メッセージを」と求めた。
小林氏は、「自分を信じて、大いに頑張ってもらうことがよろしいと思う」
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◇標準理論

素粒子間に働く四つの力「重力」、「電磁気力」、「強い力」、「弱い力」のうち、
電磁気力と弱い力を統一した理論体系。
1960年代に提唱、確立させたのが70年代の「小林・益川理論」、
素粒子の振る舞いの大半を説明できる理論として受け入れられてきた。

最近の実験で、素粒子のニュートリノに質量があることが分かるなど、
標準理論では説明できない点も出てきた。
研究者の多くは、四つの力を統一できる新理論が必要だと考えている。

◇CP対称性

Cは電荷、Pは空間に関する物理量であるパリティーを指す。
どんな粒子でも、電子に対する陽電子のように、
質量は同じだが、反対の電荷を持つ反粒子がある。
「CP対称性」とは、粒子を反粒子に置き換え、同時に鏡像のように
左右を入れ替えても、物理現象は同じになるという法則。
これが成り立っている場合、粒子と反粒子が出合うと、光を出して消滅。

宇宙誕生時、粒子と反粒子は同数あったが、現在、粒子のみが残って
宇宙が成り立っているのは、粒子と反粒子の性質がわずかに異なる
「CP対称性の破れ」によって、反粒子が消えたためと考えられている。

日本は、科学技術政策の方向性を盛り込んだ01~05年の
第2期科学技術基本計画で、
「50年間にノーベル賞受賞者30人程度を輩出」を目標。
ノーベル賞の自然科学3賞(医学生理学、物理学、化学)の受賞者数が、
その国の科学技術レベルを測る指標とされ、
06年からの第3期基本計画にも盛り込んだ。

ノーベル賞の過去の受賞者の推移を見ると、
20世紀前半はドイツを中心とした欧州が世界の科学の中心、
後半は米国に移っていった。

ノーベル賞が創設された1901年から第二次世界大戦が終わった45年までの
合計受賞数では、ドイツが36人でトップ、英国25人、米国18人、
フランス16人と欧州が優勢。
46~99年は、米国が175人と突出、
欧州勢(英国44人、ドイツ26人、フランス10人)を圧倒。
21世紀も、06年の自然科学3賞の受賞者を米国勢が独占するなど、
米国優位が続いている。

文科省の岡谷重雄・科学技術・学術戦略官は、
「科学者は、トップレベルの研究者が多い場所や研究環境のいい場所など、
自分が最高の結果を出せる場所に集まる。
その場所が、科学の伝統がある欧州から、経済力で世界から
多様な人材を受け入れた米国に移った」

日本も、多様性を目指して昨年から、
「世界トップレベル研究拠点プログラム」を始めた。
東京大、京都大、東北大など5拠点を選び、5億~20億円を最大15年間投資。
研究だけでなく、事務手続きもすべて英語で行うなど、
世界トップクラスの研究者を集める。

今回の3氏の受賞は、60~70年代の業績に対するものだが、
岡谷さんは「たとえ外国人でも、日本の研究機関で取り組んだ研究が
ノーベル賞を取れば、そこにトップクラスの研究者が集まる。
研究者と切磋琢磨した日本人研究者から、さらに多くの受賞者が生まれるだろう」

http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2008/10/08/20081008ddm003040109000c.html

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