(読売 11月4日)
手のひらサイズのリモコンが、大教室での授業を活気づかせる。
「さあ、クイズです」。
北海道大学の鈴木久男准教授(47)(素粒子物理学)の合図で、
水産学部の1年生約120人が教壇のスクリーンに、
「クリッカー」と呼ばれるリモコンを向け、一斉にスイッチを押した。
「基礎物理学2」の授業。熱エネルギーに関する問題。
すぐに選択肢ごとの解答数が、スクリーン上の棒グラフで映し出された。
正答者は3割。
「難しかったですか?」と鈴木さんが問いかけると、
今度は難易度を5段階で尋ねる画面が現れ、学生はまたスイッチ。
半数を占めた「難しい」に、鈴木さんはうなずき、授業をやり直し始めた。
クリッカーを導入して1年半。
理解度をクイズで確認しながら進める授業は、
居眠りや私語に逃げ込む学生をなくした。
物理嫌いの学生にも、「クイズ番組みたいで楽しい」と好評。
鈴木さんが、クリッカーを初めて目にしたのは5年前。
視察で訪れた米国カリフォルニア大バークレー校でのこと。
学生約500人が、真剣な表情で講義に臨んでいた。
静寂が破られたのは、学生がクリッカーを手にする時だけ。
「うらやましい」と心底感じた。
名古屋大学の大学院を修了後、大阪大学を経て13年前に北大に着任。
10分と持たずに寝たり、私語をしたりする学生にうんざりしていた。
だが同時に、自分が授業を工夫していなかったことにも気づかされた。
板書しながら、一方的に講義するだけ。
かつての自分はそれで理解できたから、
わからない学生の気持ちを考えたこともなかった。
「わからないから、私語や居眠りをするのか」。
クリッカーは、それらを解決する“万能薬”に映った。
帰国後、クリッカーを使った教授法を独自に学んだ。
1台1万円近くかかることもあり、当初は挙手での解答を求めたが、
学生は人前で間違えて恥をかくのを恐れ、ほとんど参加しない。
必要なのは、だれが何と答えたかわからない匿名性と気づき、
大学と掛け合って購入にこぎ着けた。
使い始めてすぐ、有効活用にはコツが要ると知った。
まず話し方。
「口べた」を自認する鈴木さんは、クイズ番組に出演するタレントの
みのもんたさんや島田紳助さんの話術を研究し、
「正解は……」の後、言葉を少しためる工夫をし、
ユーモラスに語りかけるよう努力もした。
クイズは、難しすぎても易しすぎても飽きる。
全問正解が出ないように設計し、難しい時には学生同士で話し合わせ、
教壇で実験をして視覚で理解させる。
学生自身に、クイズとその解説を作らせるのも毎回の課題にした。
最高正答率の学生には、賞品として100円程度の文具を出すことも。
90分授業で、クイズは約20問。
説明時間に限界があるため、授業は「学ぶきっかけの場」と割り切って
基本的な内容に絞り、枝葉は自習に委ねている。
そのためのウェブを開き、自習用の参考資料や問題、小テストを用意した。
今春からは、「基礎物理学」を教える武貞正樹講師(41)も使い始めた。
学生に渡すクリッカーの登録番号で、個々のつまずきが把握できるため、
「瞬時に授業を変え、個々の学生に対応できる」。
導入による成果は、まだ正確には測れないが、
宿題の解答からは学習の形跡が見られるようになった。
鈴木さん自身も変わった。
かつて「研究がしたいだけ」で選んだ道だったが、
今は「授業が楽しい。教育は奥深い」と笑う。
新しい小道具が、授業だけでなく、
学生と教員も変える手段として根付こうとしている。
◆クリッカー
欧米の大学で急速に広がる授業用のリモコン。
盤面には、「0」から「9」までのスイッチが並ぶ。
押すと、受信装置をつけたパソコンが自動的に集計し、
スクリーンに映し出す。
米国ではハーバード大やマサチューセッツ工科大でも多用され、
国内では東北大や高知工科大などでも活用が始まっている。
◆「主体的に学習」の工夫 一方的な講義減少
事実上の全入時代を迎えた大学は今、「学生に教える場」から、
「自ら学ぶきっかけ作りの場」に変わろうとしている。
主眼は、授業改革だ。
今年4月、文部科学省の大学設置基準が改正され、
教育力向上の組織的な取り組みが大学に課せられた。
単に学生を集めるだけでなく、きちんと育てて卒業させる責務が
大学に問われている。授業改革は、時代の必然の産物。
大教室での一方的な講義は減りつつある。
学内のウェブサイトに授業と連動した自習プログラムを載せて、
予習や復習を課し、学生同士で調査・議論させるなど、
主体的に学ばせる工夫を凝らす大学が目立つ。
読売新聞の「大学の実力 教育力向上への取り組み」調査によると、
学生の意欲喚起のために、何らかの取り組みを組織的に行っている大学は、
回答した499大学中380校、76%にも上った。
55大学は、「1年以内に実施する予定」と答えている。
意欲や目的意識のない学生をどうするかは、大学共通の課題。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/renai/20081104-OYT8T00190.htm
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