2009年2月27日金曜日

iPS細胞が切り拓く今後の医学研究 慶応義塾先端科学技術シンポジウム

(毎日 2月17日)

人工多能性幹細胞(iPS細胞)の臨床応用を展望するシンポジウム
「iPS細胞が切り拓く今後の医学研究」が慶応大学で開かれた。
山中伸弥・京都大iPS細胞研究センター長や岡野栄之・慶応大医学部教授、
iPS細胞研究の4拠点を代表する研究者らが、研究の最前線などを発表。
安西祐一郎塾長のあいさつの後、司会の青野由利・毎日新聞論説委員が
iPS細胞研究の全体像を紹介。

文部科学省ライフサイエンス課の菱山豊課長が、
iPS細胞研究に関する政策を説明。
国は、「iPS細胞研究等の加速に向けた総合戦略」を策定、研究を支援。
文科省の09年度予算案では、iPS研究に関連する予算が45億円。
「iPS細胞研究が重要だと考え、集中して予算を確保。
iPSへの期待は大きく、皆さんのご支援を賜りたい」

山中センター長は、iPS細胞の可能性と課題について分かりやすく解説、
「Myc」(ミック)と呼ばれる遺伝子を題材。
Mycは、皮膚細胞などからiPS細胞を作る際に導入された4遺伝子の一つ。
がん遺伝子としても知られる。
「Mycは、腫瘍形成という点では悪者だが、
完全な初期化を促進するという善の部分もある。
初期化が不完全だと未分化の細胞が残り、特殊な腫瘍ができる。
単純に、化合物に置き換えるのがいいのかどうかは疑問。
ミック君の運命はどうなるのか?
iPS細胞研究は奥が深い」と、ユーモアを交えながら問題提起。

坪田一男・慶応大教授は、「99年、角膜の幹細胞移植例を発表、
世界に先駆けた体細胞の移植として注目。
幹細胞による再生医療はすでに実現している。
マウスで、iPS細胞から角膜の細胞を作ることができた。
近い将来、ヒト細胞でもできる。
iPSの出現によって、涙腺の再生医療の道筋も見え、
患者さんを治せる希望が生まれた」

中内啓光・東京大教授らのグループも世界に先駆けて、
止血作用を持つ血小板をマウスとヒトの胚性幹細胞(ES細胞)から作った。
同じ培養系で、iPS細胞でも血小板を作ることに成功。
中内教授は、「出血系疾患の患者さん由来のiPS細胞を遺伝子修復し、
正常な血小板を作って自己輸血することが、理論的には可能な段階に」

高橋政代・理化学研究所網膜再生医療研究チームリーダーは、
サルのES細胞から作った網膜色素上皮移植成功などの実績を踏まえ、
iPS由来の色素上皮細胞や視細胞の作成に取り組み、
「再生医療は、必ず主流になる治療法であり、
企業の協力があれば、臨床応用がより早く進む」

福田恵一・慶応大教授は、心筋細胞のシートを作って、
心筋梗塞部分を修復できることを動物実験で明らかに。
心筋細胞は移植後に大きくなり、周辺から血管が入り込んで
血液が供給されることも確かめた。
「ES細胞で臨床試験をして、安全性が担保された時点で、
iPS細胞の臨床試験に取り組みたい」

体細胞の中でも、iPS細胞にしやすい細胞とそうではない細胞とがある。
松崎有未・慶応大特別研究准教授は、「脂肪や骨などに分化する
間葉系幹細胞だと、高品質のiPS細胞ができる」

岡野栄之・慶応大教授は、iPS細胞を使った中枢神経系再生の
世界最先端の成果を詳しく発表、「ゴールが近づいてきた」

羽鳥賢一・慶応大知的資産センター所長は、iPS細胞をめぐる特許が
出願された経過を時系列的に説明、
大学の特許収入は、米国では年間2000億円超、日本は13億円しかない。
米国には仮出願制度があるが、日本にはないなど、
日米の特許制度には違いがある。
米国の制度をよく理解して対応する必要がある」

iPS細胞研究には、製薬会社などの企業の関心も高い。
中西淳・武田薬品工業開拓研究所主席研究員は、
「iPS細胞を使うと、創薬スクリーニングや薬効評価、安全性評価に
活用できる可能性は非常に高い」
「ヒトの組織細胞の機能をきちんと反映しているか、
分化して成熟細胞になるまでの期間を、どれだけ短縮できるかが課題」

日本せきずい基金の大濱眞理事長が車椅子で演台に。
大濱理事長は、幹細胞移植を受ける海外のツアーに
70カ国1200人が参加したという現状を紹介、
「患者は先行きが見えないことに焦燥感を抱いている。
iPS細胞樹立は希望の光。
患者団体にも分かりやすい形で、研究の環境整備を進めてほしい。
市場原理に任せていては、研究は進まない。
政府の援助による臨床応用が不可欠だ」

◆基調講演
◇「遺伝性」の治療も可能に-岡野栄之(慶応大医学部教授)


私たちは幹細胞の技術を使って、中枢神経系の再生に取り組んできた。
中枢神経系の再生研究の中で、最も歴史が古いのはパーキンソン病の研究。
ドーパミン・ニューロン(神経細胞)が脱落する病気で、
根本治療はニューロンの再生。

劇的な治療効果を示した例もあり、世界で200例ほど行われたが、
量的な制約や倫理的問題が。そこで、幹細胞研究に移った。
1月23日、FDA(米食品医薬品局)は、米ジェロン社によるヒトES細胞を使った
脊髄損傷治療の臨床試験を承認。
損傷から7~14日の亜急性期で、炎症が治まった時期に移植。
この時期の移植がベストであることは、私たちが動物実験で明らか。
受精卵由来のES細胞には、倫理的な問題や拒絶反応の問題が。
体細胞の初期化が次のステップに。

私たちは、脊髄損傷に対する再生医療のスーパー医療特区の申請、採択。
日本発の医薬品を使って、損傷後まもない急性期の治療、
亜急性期の細胞移植治療の臨床研究をしたい。

iPS細胞については、ES細胞ですでに確立していた方法で、
神経系細胞を誘導することができた。
安全性を考え、腫瘍化するかどうかが大事。
iPS細胞から誘導した神経前駆細胞の集団の中に、
未分化の細胞が0・01%混入していると腫瘍が形成される。

腫瘍形成しないことを確認した神経前駆細胞を、
損傷後9日目に後肢マヒのマウスに移植。
有意な運動機能の回復が見られた。
ヒトiPS細胞に由来する神経前駆細胞を、免疫不全マウスに50万個移植。
運動機能は有意に回復し、前肢と後肢の協調運動も。
iPS細胞由来の神経前駆細胞移植の治療効果を、
世界に先駆けて示すことができた。

今後、疾患に特有の神経細胞を作って、病気の原因を明らかにしたい。
将来は、遺伝性疾患の細胞治療も可能になる。

◆特別講演
◇課題克服へ貢献責務--山中伸弥(京都大iPS細胞研究センター長)


iPS細胞をつくるのに必要なのは、数ミリの皮膚細胞。
これを培養し、3つ、あるいは4つの遺伝子を導入すると、1カ月でiPS細胞に。
ヒトES細胞にそっくりな細胞で、半永久的に増やすことができる。
増やした後で分化誘導法を適用すると、例えば拍動する心筋細胞や、
ドーパミンを作る神経細胞ができる。

iPS細胞で何ができるのか?
患者さんからいただいた皮膚細胞でiPS細胞を作り、
それを元に神経や内臓の細胞を作る。
心臓に疾患のある患者さんの心臓の細胞を使って研究する、
薬の開発をするということができる。

運動ニューロン病を例に。運動神経の異常により、筋力低下をきたす病気。
代表例は脊髄性筋萎縮症(SMA)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、
いずれも有効な治療法はない。
原因の一つは、よい病態モデルがない。
iPS細胞の技術を使えば、患者さんと同じ遺伝子を持った
運動ニューロンを作り、原因解明の研究ができる。
ようやくスタートラインに立てる。薬の毒性、副作用の評価にも使える。

細胞移植治療、再生医療への応用も期待。
患者さんご自身の細胞を使うので、倫理的な問題は少なく、
拒絶反応の心配もない。

課題もたくさん。
分化誘導法は、肝臓や膵臓の細胞については十分ではない。
いかに病態を再現するかも課題。
再生医療のハードルはさらに高い。初期化誘導に伴う安全性の問題が。
一番心配していることは、腫瘍の形成。移植法の開発も必要。
臨床試験をできるレベルには達していない。

iPS細胞は世界に広がっている。
3000人以上の研究者が入手し、研究論文も増えている。
日本もきちんと貢献することが私たちの責務。

◆安西祐一郎・慶応義塾長あいさつ

世界のフロンティアで活躍されている先生方の講演で、とても楽しみ。
文部科学省の再生医療実現化プロジェクト・ヒトiPS細胞等研究拠点の
整備事業では、慶応大が京都大、東京大、理化学研究所とともに選定、
協力して研究を進めている。

スーパー特区プロジェクトもあり、岡野栄之教授を代表研究者として、
中枢神経系の再生医療のための先端医療開発プロジェクトが採択。
治療法の確立されていない脊髄損傷、脳梗塞、筋萎縮性側索硬化症など
中枢疾患系の疾患に対する研究。
中枢神経系の再生医療の実現を目指し、臨床応用への研究を加速。
iPS細胞の研究は、世界的な競争の真っただ中に。
日本のiPS細胞研究が、今後の医学研究を切り拓いてほしいと念願。
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◇iPS細胞
神経や筋肉、内臓の細胞など、あらゆる細胞に分化しうる能力を持つ
万能細胞の一種。
山中伸弥・京都大教授らが、06年世界で初めてマウスのiPS細胞を作成、
07年にはヒト細胞でも成功。
従来、万能細胞として期待されてきた胚性幹細胞(ES細胞)は
受精卵を壊して作るため、倫理的な問題を抱えていた。
iPS細胞は、患者本人の細胞から作り、倫理的問題は少ない。
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◇講演者一覧
■「文部科学省におけるiPS細胞研究への取り組み」
 菱山豊・文部科学省研究振興局ライフサイエンス課長

■「iPS細胞を用いた角膜、涙腺の再生プロジェクト」
 坪田一男・慶応大医学部教授

■「iPS細胞からの血液系細胞の誘導」
 中内啓光・東京大医科学研究所教授

■「網膜変性疾患とiPS細胞」
 高橋政代・理化学研究所網膜再生医療研究チームリーダー

■「iPS細胞がもたらす循環器疾患診療へのインパクト」
 福田恵一・慶応大医学部教授

■「高純度体性幹細胞を用いたiPS細胞誘導の高効率化と高品質化」
 松崎有未・慶応大医学部特別研究准教授

■「先端医療分野の知財戦略」
 羽鳥賢一・慶応大知的資産センター所長

■「iPS細胞と次世代創薬」
 中西淳・武田薬品工業開拓研究所主席研究員

■「患者の望むiPS細胞治療:その道筋」
 大濱眞・NPO法人日本せきずい基金理事長

http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2009/02/17/20090217ddm010040127000c.html

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