2009年2月22日日曜日

「動かぬ研究者」こそ最大の危機

(日経 2月18日)

安井 至・前国際連合大学副学長、東京大学名誉教授

7870億ドルにおよぶ米国の景気対策が上下両院を通過し、
いよいよ動き出すことに。

第1の項目が、奇妙な組み合わせで、"Infrastructure and Science"。
科学関連予算の金額と行く先は、10億ドルがNASA(宇宙開発)、
30億ドルがNSF(基礎科学と工学)、
20億ドルがDOE(エネルギー関係、高エネルギー物理、核物理)、
8.3億ドルがNOAA(気象科学)。

しかし、それ以外にも。
ヘルスケアという項目に、100億ドルが健康研究とNIH(国立衛生研究所)の
施設拡充に用いられる。
エネルギーという項目にも、研究という項目がいくつか入っている。
中でも気になるのが、25億ドル程度で、
エネルギー効率と再生可能エネルギーの研究という項目。
化石燃料についても研究という言葉が入っている。
合計すると、200億ドル余、日本円にすれば1.8兆円。

これだけの予算によって、何が行われるか。
重要なポイントは、この研究費で、米国の科学者の動きがどう変わるか。
今回の投資によって、これまで他の分野で著名だった研究者が、
一気に環境エネルギー分野に飛び込むのではないか。

日本の科学技術予算の基本方針は、競争的資金の拡大と、
運営費交付金のような非競争資金の削減。
理由は、投資効果が明瞭に分かるような、直接的な成果が出る研究を推進。

その結果、自分の専門を動かさない傾向が強かった日本の研究者が、
ますます自分の領域に閉じこもり、その中だけで論文を書いていく傾向。
理由は、論文の生産性が高く有利であり、かつ楽だから。

科学研究費が主な研究費の資源である以上、
ある研究コミュニティーの中で有名になり、学会賞などを得ることが、
予算獲得面から見れば最善の方策。
他の研究領域に移動することが、なんら有利な状況を生み出さなかった。

今回の米国の景気対策をもう少々細かく見ると、
エネルギー関係では、さらに重要なことがある。
20億ドルが、先進自動車用バッテリー生産の支援に使用され、
11億ドルが、スマート電力供給網に使用されること。

基礎研究を支援するだけでなく、生産に係る応用研究や開発まで、
まとめて支援しようとしている。

日本の省エネ技術などは、世界をリードし、
米国の2歩先を歩んでいるものと考えられてきた。
米国に追いつかれ、一気に追い越される可能性が強くなった。

日本で何か対策がとれるのか?
現在の日本の研究者のマインドでは、新分野に研究費があっても動くことはない。
研究のニーズがいくらあっても、その領域の研究は進展しない。
新人がいたとしても、管理者である教授が自分の分野に縛り付けるから、
新しい分野で挑戦をする新人が育つこともない。

現時点での日本の最大の危機、それは誰も足を動かさないこと。
対温暖化政策を見ても、すべて同じ状況である。
未来を担うべき研究者が動かない状況は、ますます悪化しつつある。
大学への研究費配分に関しても、一度、根底から見直すことが必要。
社会のニーズに応えるのが、大学の一つの重要な使命。

http://allatanys.jp/B001/UGC020001820090217COK00233.html

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