2009年8月18日火曜日

メス不要の最先端がん治療が始まる

(日経 2009-08-07)

メスでは切れない体深部のがんを治す
「重粒子線がん治療装置」の普及型第1号機が、
群馬大学医学部に完成、機能検証試験が始まった。

来年3月末までに初の治療が始まる。
重粒子線がん治療装置は、炭素などのイオンビームを
体の外から患部に当て、健康な細胞をほとんど傷つけることなく、
がん細胞のDNAを破壊する最先端のがん治療法。
全国への普及が期待されるが、克服しなければならない
技術的な課題も多い。

基礎研究と治療を同時に進める世界初の
重粒子線がん治療装置は、15年前に千葉県の
放射線医学総合研究所に完成、既に約5000人が治療を受けた。
群馬大の装置は、その実績を踏まえて作ったがん治療専用機。

群馬大に続けと、既に4つの県が同型機の設置を検討。
今後、全国の10カ所ほどに設置。
10~15年後の完成を目標に、主要都市での設置を目指す
小型の次世代型を開発する研究会も発足。
装置の心臓部である重粒子線加速器をより小型化するため、
高温超電導技術が必要。

重粒子線がん治療装置は、加速器で高速にした炭素などの
細いイオンビームを体の外から患部に当てる。
あらかじめ患部の立体的な位置情報を測定、
その深さにあったエネルギーに設定、ビームは健康な細胞を
ほとんど傷つけずに通過して患部で止まり、がん細胞のDNAを破壊。
がんの増殖は止まり、破壊した細胞は新陳代謝で消える。

「装置の普及に併せ、操作する人材の育成を急ぐ必要がある」、
医用原子力技術研究振興財団の平尾泰男常務理事。
平尾常務理事は、東京大学教授だった1979年に
重粒子線でがんを治療する方法を考案。
放医研に移り、94年に第1号機を完成。
それ以来、ずっと装置普及のための活動を進めてきた。

放医研の装置は、世界に前例の無い第1号機で、
基礎的な研究が必要、様々な機器を組み込んだ。
その結果、全体で長さ140メートル、幅60メートルと広い面積を占有。

群馬大の普及型は、放医研の使用実績から
がん治療専用に機能を絞り込み、長さ65メートル、幅45メートルと
設置面積を3分の1にできた。
電気使用料は、放医研が年間約10億円かかるのに対し、
治療専用にして1けた近く下がると見積もっている。

平尾常務理事が、「15年はかかるだろう」とみつつ
実現に期待するのが次世代型。
放医研と群馬大の装置は、心臓部に銅ケーブルの常電導磁石で
構成する加速器「シンクロトロン」を用いる。
次世代型は、液体窒素で冷やすと電気抵抗がゼロになり、
直径3.2メートルの空間に6テラスの高い磁力を作り出せる
高温超電導磁石を使う。
この磁石で構成する加速器「サイクロトロン」で、
シンクロトロンを置き換える。
その結果、設置面積は20メートル四方まで小さくできる。

液体窒素で使う高温超電導材料は、87年に発見、
現在ようやく送電ケーブルなど、実用化が近づいてきた段階。
これから磁石を作り、加速器を組み立て、
イオンビームを正確にとりだして治療に使うまでには技術的課題が多い。
平尾常務理事が15年かかるとみるのはそのため。

◆イオンビームの流れ(放射線医学総合研究所提供)

次世代型の開発に取りかかるのは、
超電導技術の専門家である早稲田大学の石山敦士教授と
中部電力などの研究チーム。
早大と中電は、経済産業省の予算で
高温超電導電力貯蔵装置(SMES)の開発を進めている。
この技術を使えば、イオンビーム用のサイクロトロンを作れる。

今年5月、早大と中電は、放医研、理化学研究所、
日本原子力研究開発機構と組んで、
「次世代重粒子超伝導加速器開発研究会」を旗揚げ、
既に開発計画はスタート。
「15年と言わず、10年後の完成を目指す」(石山教授)

放医研の装置は、15年かけて約5000人の患者で
大きな治療実績を得た。
年間約700人しか治療を受けられず、多くを断っている。
医用原子力財団の平尾常務理事は、普及型は全国に10台、
次世代型は800台設置。
単純計算では、800台有れば年間56万人と、
多くのがん患者が治療を受けられるようになる。

「重粒子線がん治療装置は万能ではない」(平尾常務理事)。
場所はわかっているが、メスでは切れないがんに向く。
場所を特定しにくい転移したがんの治療は難しい。
重粒子線で治療する放射線科と、外科や内科などとの連携は
ますます重要性を増す。
それを議論する前に、次世代型実現のカギを握る
高温超電導技術の開発を急ぐ必要。

http://netplus.nikkei.co.jp/ssbiz/techno/tec090805.html

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