2009年11月6日金曜日

「25%削減」は産業ビッグバン?

(日経 2009-10-27)

鳩山由紀夫首相が、新政策として打ち出した
温暖化ガス排出量の「25%削減」目標。

「具体策の積み重ねがない」、
「企業が疲弊して大不況になる」、と経済界の批判は予想通りだが、
7割以上の国民が賛成。
「国益を損ねる」との大合唱ばかりが目立った経済界も、
決して一枚岩ではない。
「25%削減」が、日本企業の新たな“ビッグバン(大爆発)”に
結びつく気配を嗅ぎ取っている経営者は少なくない。

「泣き虫エド」と聞いてピンと来る人は、かなりの米国通。
元民主党上院議員、カーター政権では国務長官も務めた
エドマンド・マスキー氏(1914~96年)。

有力な大統領候補だったが、1972年民主党予備選の最中、
ニューハンプシャーの新聞に妻の飲酒癖を暴露、
新聞社前に乗りつけて反論、不覚にも途中で涙をにじませた。
「軍を統率する大統領に、泣き虫はふさわしくない」と批判され、
予備選から脱落。
マスキー追い落としのネガティブキャンペーンは、
共和党の現職大統領ニクソンの陰謀との説も。

マスキー氏は、実は日本の自動車産業にとって、
「隠れた育ての親」でもある。

1970年、成立した米大気浄化法修正法を強力に推進。
通称「マスキー法」とは、深刻化していた米西海岸の
大気汚染対策として発議、75年型新車は自動車の排ガス中の
COとHCを、70年型車比で10分の1以下に、
76年型新車から、NOxを71年型車比で10分の1以下に削減を
目指し、基準に合格しない車の販売を禁止する厳しい法律。

米ビッグスリーは、「自動車産業が消滅する」と強硬に反対、
政治力を駆使して、マスキー法実施延期を画策。
排ガス規制は、1980年代半ばまで効力を持たなかった。

米国に倣って、日本版マスキー法(1978年度燃費規制)が発動、
日本車メーカーは正面から課題に取り組み、
低公害・低燃費車を武器に、海外でも飛躍的にシェアを伸ばした。

今年4月以降、連邦破産法11条(チャプター・イレブン)を申請した
クライスラーやゼネラル・モーターズ(GM)の破綻の遠因を
探っていけば、「マスキー法の蹂躙」に行き着く。

日本車メーカーは、マスキー法克服に情熱を注いだ。
代表例は、本田技研工業(ホンダ)。

CO、HC削減とNOx削減は、一度に実現しようとすると相反する。
エンジン内部の燃焼効率を上げれば、CO、HCは減らせる。
単に燃焼効率を上げただけでは、NOx排出量を増やしてしまう。

ポイントは、「空燃比」と呼ばれるエンジン燃焼室内での
空気と燃料の重量混合比。
空燃比を調整し、濃度を薄くして燃焼させれば、
NOx排出量を削減できる。

これが、CVCC(複合渦流調速燃焼方式)エンジン開発に。
73年、CVCC搭載「シビック」は国内で四輪自動車メーカーとして、
確固たる地位をもたらし、海外でもHONDAブランドを強烈に印象。
東洋工業(現マツダ)が開発したロータリーエンジンも、
低公害技術として注目、燃費の悪さがネックとなり、
73年のオイルショック以降はハンディを抱えることに。

ホンダのCVCCとマツダのロータリーは、
「マスキー法の厳しい基準に最初に合致したエンジン」と認められ、
「日本車=クリーンな車」というイメージを世界に発信。
1980年代以降の日本車の躍進は、ここから始まった。

72年、米議会がマスキー法適用延期を議決したころ、
ホンダの創業者、本田宗一郎氏は、
「マスキー法の1年適用延期が議論されたときも、
延期が決まったときも、延期申請しないという
われわれの考えは変わらなかった。
排ガス問題に関して、企業としての社会的責任から
どうしても解決しなければならない、と思った」

CVCC開発の現場で指揮を執っていた杉浦英男氏
(1982~85年ホンダ会長)は、「人のやっていないことをやっている」
という技術者としての自負とともに、「世のため、人のためというと、
ちょっとオーバーだが、公害を少なくするという使命感があった」
モチベーションの高さが、世界に先駆ける技術革新の背景に。

マスキー法の夢よもう1度——。
鳩山政権の「25%削減」に、こんな思いを託すのは
牽強付会にすぎないが、可能性は大いにある。

三菱自動車が7月に発売した電気自動車「i—MiEV(アイ・ミーブ)」
高性能リチウムイオン電池を搭載した世界初の量産型電気自動車。
09年度の販売計画(法人向け限定)台数1400台は全量受注、
個人向けを始める10年度も、募集開始から1カ月で900台と、
年間計画5000台の2割近く。

自動車以外に目を向けても、「25%削減」で弾みがつきそうな
日本製品は目白押し。
エレクトロニクス分野では、LED(発光ダイオード)照明。
白熱電球に比べ、消費電力は8分の1、耐久性は40倍に相当する
4万時間(1日5時間半の使用で約19年)。
価格差が100倍近く普及が進まず、シャープやパナソニックの新規参入、
東芝ライテックの大幅値下げなどで、価格差が40倍程度に縮小。
パナソニックは、「2012年に(LED電球シェアを)照明全体の25%」

部品では、家電や自動車の電力消費量を減らせる
パワー半導体への注目度が高まっている。
9月末、東芝やルネサステクノロジがパワー半導体の
大幅な増産計画を明らかにし、富士電機ホールディングスは
ハイブリッド車などへの需要回復を見込んで、パワー半導体の
2工場(長野県大町市、富山県滑川市)の閉鎖を撤回。
10月、エコカー向けのリチウムイオン電池の材料分野に、
東ソーや昭和電工などが相次ぎ参入。

今年1~8月の住宅着工戸数は、
前年同期比29%減の52万2613戸。
43年ぶりの100万戸割れが確実視される住宅市場でも、
メーカー各社「唯一の希望」は、太陽光発電システム装備の商品。
積水ハウスは、9月半ばに太陽光パネルを屋根に設置して
発電した電気を、入居世帯に振り分ける新商品を発表、
同社施工のアパートの3割に太陽光発電システムを装備。

アパート以外の戸建てでも、太陽光発電システムの需要が急伸、
積水ハウス、大和ハウス工業やミサワホーム、パナホームなど、
「太陽光住宅」の値下げキャンペーンを展開。

「25%削減」のミソは、途上国や新興国の温暖化対策を支援、
日本の省エネ技術や資金を提供する「鳩山イニシアチブ」。

エコカーをはじめ、エレクトロニクス製品や部品のほか、
住宅やオフィスビルの省エネでも、日本企業には蓄積してきた
技術ノウハウがある。

「25%削減」に対する反対勢力の最右翼、鉄鋼業界でさえ、
新日本製鉄が、CO2排出量を従来比2割抑制できる
大分製鉄所の新型コークス炉を稼働、
最先端の温暖化対策技術を持っている。

海外に売り込める技術があるなら、
政治家が率先して支援してもいい。
航空機やプラント関連などでは、欧米で当然のように行われている。
米西海岸で計画されている高速鉄道の新規敷設プロジェクトに対し、
政財界が一体となって、日本の新幹線を売り込むことを
検討してみてもいい。

そこまで踏み込む覚悟があれば、鳩山政権に欠けている
日本経済の成長戦略は、自ら語らずとも認識される。

http://netplus.nikkei.co.jp/ssbiz/mono/mon091026.html

0 件のコメント: