(日経 2010-03-05)
今年、太陽の光を帆に受けて進む「宇宙ヨット」の実験機が、
日米で相次いで打ち上げられる。
燃料を使わずに宇宙を航行する「宇宙ヨット」は、
それ自体が魅力的だが、次世代の宇宙探査機を見据えた
様々な新技術の実験が盛り込まれている。
「今回のプロジェクトで、一気に世界を2歩も3歩もリードできる」
宇宙航空研究開発機構(JAXA)で、小型ソーラー電力セイル実証機
「IKAROS(イカロス)」のプロジェクトリーダーを務める森治助教。
イカロスは、金星探査機「あかつき」とともにH2Aロケットで、
種子島宇宙センターから5月18日に打ち上げ。
厚さ7.5umのポリイミド膜でできた差し渡し20mの正方形の帆を広げ、
太陽光の力で金星を目指す。
太陽光で探査機がきちんと航行できることを確かめる目的ももちろん、
「帆にはりつけた太陽電池のほうが狙い」。
火星よりずっと遠い木星などの探査機を念頭に置いている。
米国やロシアが、これまで木星より遠くへ行く探査機の電源として、
原子力電池を利用。
原子力電池は、出力を大きくできない。
燃料は少なくて済むが、多くの電力を使うイオンエンジンや
地球まで届く強力な通信機など、将来の探査機に搭載するため、
原子力電池に代わる大出力の電源が求められる。
太陽電池はその有力候補。
宇宙探査機には、これまでも太陽電池がよく利用されているが、
使う場所は地球軌道に近い場所に限られる。
太陽から木星までの距離は、地球までの約5倍。
太陽から届く光は、同じ面積なら25分の1に減り、
太陽電池で必要な電力を確保するには広い面積が必要。
従来の太陽電池パネルを使うと、重量が増えて打ち上げることも
困難になるが、大きな宇宙ヨットの帆に薄膜型の太陽電池を
はりつければ、必要な面積を確保できる。
イカロスは、太陽光で航行するだけでなく、帆にはりつけた
薄膜太陽電池が作る電力でイオンエンジンを動かす。
今回、既存の薄膜太陽電池をはりつけたが、
本格的な探査機に利用するときは帆に直接、薄膜太陽電池を
印刷し、一層軽量化することも可能。
帆の材料でも、新技術が盛り込まれている。
薄くて丈夫なポリイミド膜を使うのは同じだが、メーカーのカネカと
熱を加えるだけで接着できる膜を開発。
ポリイミド膜は、1枚で帆になるような大きなものではなく、
数多くの膜を接着剤ではりつけて大きな帆を作っていた。
この方法だと帆を作るとき、しわくちゃになりやすい。
接着剤に含まれるガスが宇宙でしみ出して装置に付着、
観測などの妨げになる懸念。
熱で接着すれば、こうした懸念がなく、長い間に接着部分が劣化して
帆がばらばらになる心配も減る。
イカロスでは、量産が間に合わず部分的な使用だが、
より大きな帆を作るため、量産技術の開発も進行中。
大きな帆を広げる技術も独自に開発。
支柱などを使わず、帆の頂点につけたおもりの遠心力で広げる方法。
4本の束にたたんで本体に巻き付けた帆をゆっくりと引き出し、
最後に束を開いて帆を広げる。
米国惑星協会が、今年末に打ち上げを予定している宇宙ヨット
「ライトセイル1」は支柱で広げるが、帆が大きくなると
支柱の重量が増えるため、大型の宇宙ヨットには向かない。
「帆を広げるのが一番難しい。
これが成功すれば、イカロスは成功」と森プロジェクトリーダー。
いくつもの新技術が盛り込まれたイカロスだが、
「計画当初は、もっと多くの試みを取り込もうと考えていた」
木星近くの低温でも着火しやすいエンジンや、
エンジンと共通の燃料を使う燃料電池もその1つ。
こうした新技術も、次のステップではとりこんでいきたい。
宇宙ヨットの概念は100年前からあり、米国が試みるなどしたが、
まだ成功していない。
イカロスが成功すれば、世界初の宇宙ヨットになる。
英国のSF作家、アーサー・C・クラークは、短編「太陽からの風」で、
地球の衛星軌道から月へ向かう宇宙のヨットレースを描いた。
将来、こうした宇宙ヨットレースが実現すれば、
イカロスはその先駆者として記憶されることに。
http://netplus.nikkei.co.jp/ssbiz/techno/tec100304.html
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