2010年8月2日月曜日

はやぶさに挑戦心を見た 川口淳一郎さんと田中耕一さん対談

(毎日 7月15日)

人類初の小惑星からの岩石採取に挑んだ探査機
「はやぶさ」の地球帰還から1カ月。
回収されたカプセルの内部には、小惑星のものかは不明ながら
多数の微粒子が確認、新たな成果への期待がふくらむ。

はやぶさプロジェクトを率いた川口淳一郎・宇宙航空研究開発機構
(JAXA)教授(54)と、エンジニアの視点からはやぶさに注目してきた
ノーベル化学賞受賞者の田中耕一・島津製作所フェロー(50)が、
「成功を呼び込む挑戦」について語り合った。

--はやぶさ帰還を振り返って、今どう感じるか?

川口 やはり「出来すぎ」だったと感じる。
一方で運用が終わり、仕事がなくなった状況にぼうぜんとしている。
カプセルの中身について、これから少し時間をかけて調べる。

--誤解もあるが、カプセルに何か入っているだけが大事なのではなく、
小惑星イトカワへ行って帰ってくることが重要だった。

川口 その通り。第一目標は往復飛行。
当事者として、「中に入っていても入っていなくてもいい」とは言えないが。

田中 小惑星に着陸し、数多くの苦難を乗り越えて帰ってきた。
それだけでも、とんでもない成果。

--田中さんは、早くからはやぶさに注目していた。

田中 特に関心が強くなったのは、イトカワに着陸したころ(05年)。
日本のチームが、米国も驚くようなことをやってのけたのだとびっくり。
高品質と高い信頼性が、日本のものづくりの神髄、
その分「失敗するかもしれないもの」が認められにくい土壌が。
はやぶさは、従来の日本にはなかったものづくりの成果では。

川口 日本には失敗を恐れる文化、100%過去の成功の蓄積の上に
立った計画でないと進めない、という悪い癖がある。
はやぶさは、ひょんなことから実現したが、
日本的な考え方からすれば、とても通らない計画だった。

--リスクを取らないと、何の成果も出せない。

川口 リスクのない挑戦はありえない。
宇宙開発には、「試作品」という発想がなく、試作品がいきなり本物。
最初に作ったもので、成功しなければならない。大変難しいこと。
石橋をたたいて渡る発想ではなく、失敗するかもしれないけれど
自分がやりたい面白いことをしよう、
次のページを開こうという姿勢が大切。

田中 日本は、欧米に追いつけ追い越せでやってきた努力の結果、
世界の最先端に立つ分野が増えてきた。
これからは、「失敗してもいいから挑戦する」方向に進むべき。

川口 宇宙開発でも、若い人の中に「失敗は許されない」という人が。
日本人には普通の感覚だが、私は「とんでもない」と思う。
新しい発想を評価する方法がない、現在の教育は問題。
「どれだけ完ぺきにできたか」をチェックする試験中心の評価法を
変える必要がある。

--環境も重要か?

川口 そう。私が大学院生として宇宙研(東京大宇宙航空研究所、
現JAXA宇宙科学研究所)に来た時の印象は、「変な人ばかり」
先輩たちには、「こうだからできない」という発想がなく、
「こうすればできる」しか考えていない。
新しいことを考えるのが当たり前、という環境で培われた。

田中 今の日本では、多くの大人が自信を失っている。
その反動から、子どもに夢を押し付け、過保護なまでにかまって
失敗させないようにする。
数十年前に比べ、明らかに良くなった日本を作ったのも大人たち。
大人も夢を追えばいい。
はやぶさ、サッカー・ワールドカップの日本代表もそうだが、
「やればできる」ということをアピールした。
大人が自信を取り戻し、挑戦しようと思う突破口になってほしい。

--はやぶさのトラブル解決のアイデアは、どのように生まれたのか?

田中 開発予算も探査機の重量も限られ、修理にも行けないという
極限の状況で、なぜ多くのトラブルに対処できたのか。私も学びたい。

川口 年齢も所属も関係なく、分野横断的に意見を募り、
いいアイデアがあったら、ためらいなく採用する。
新しい意見を出すことによって、場をぶち壊しても構わない。
そういうことが可能なチームである、ということを
広く見せていくことがポイントかも。

田中 いろいろな分野の人間が参加することは大切。
失敗しても失敗で終わらせない、逆に独創に結びつける
発想の転換が生まれるのではないか。
私のチームでも、化学や医学の専門知識を持たない若い研究者が、
「ここがうまくできない」と、実験での失敗の相談がきっかけで、
開発を目指す分析装置の感度が1万倍向上。

川口 最近の大学院生や若手研究者は、教育を受け過ぎている。
「研究は(本や論文を)読むことから始まる」と思っている。
それらは、すでに過去のもの。
そんなものを読んでも、新しい発想は生まれない。
学生にはまず、「本を読むな」と。
懸命に新しいことを考える力、自分で切り開く力を付けなければ、
どんな仕事もできない。

田中 自分で考える癖をつけることが大切。
今の若手は、学ぶことが多すぎて考える時間がない。
考えなければ、失敗に耐える力も持てないのではないか、心配に。

--はやぶさのイオンエンジンが停止したとき、
2基の故障していない部品を回路でつなげ、
復活させたエピソードは有名、
トラブルを想定した対策で、使わなかった工夫もあるか?

川口 ある。最後に1台残った姿勢制御装置が壊れた場合の
プログラムも、はやぶさに送ってあった。
イオンエンジンの首振りを使って制御する方法で、
すでに地上試験もしていた。

田中 いろいろな工夫がわんさか入っていたということ。

--「運も実力のうち」と言うが、運は大切。

川口 運は転がってくるものなので、自分では制御できないが、
その運を拾えるかどうかが重要。
運は誰にでもやってくる、それに気付くことができるかということ。

田中 「幸運の女神には前髪しかない」という言葉。
通り過ぎようとする女神を見逃さず、見事に前髪をつかまえたのが、
はやぶさチームだった。
私も勇気をもらった。

川口 はやぶさを通じて若手が育ち、自信を持つようになった。
宇宙開発はリスクのかたまりなので、最近は「新しいことをやる」
宇宙開発に不可欠な考え方がなりをひそめ、
「いかに失敗しないか」に傾きがち。
財政状況は厳しいが、はやぶさの後継機についても、
挑戦心を失わないようにしたい。

◇7年がかりで地球と小惑星を往復

はやぶさは、JAXAが開発した小惑星探査機。
03年5月、打ち上げ、地球と火星の間の小惑星イトカワを目指した。
05年秋、イトカワに到着、その表面を詳細に観測。

同年11月、2度の着陸に成功、直後に燃料が漏れて姿勢が乱れ、
太陽電池による発電ができなくなって、地球との通信が途絶。
06年1月下旬、奇跡的に通信が復旧。
地球帰還は、当初計画よりも3年遅れることに。

地球を目前にした09年11月、主エンジンのイオンエンジンが停止。
「不死鳥」と呼ばれたはやぶさは最大のピンチ。
チームは、4基あるエンジンの故障していない部品を
組み合わせることで復旧に成功。

今年6月13日、オーストラリア上空で大気圏に突入、
本体は燃え尽き、イトカワの微粒子が入っている可能性がある
カプセルが無事に回収。

7年がかりの旅の総航行距離は、約60億km。
新型のイオンエンジンによる惑星間航行、自らの判断でイトカワへ
離着陸する自律航行、月より遠い天体へ着陸しての帰還は人類初。
世界の宇宙開発史に残る数多くの成果に加え、
数々の困難を乗り越えて挑戦し続ける様子が、
幅広いファンの注目を浴びた。
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◇かわぐち・じゅんいちろう

1955年青森県生まれ。78年京都大工学部機械工学科卒、
83年東京大大学院航空学専攻博士課程修了。工学博士。
同年、文部省宇宙科学研究所(03年、JAXAに改組)。
00年同研究所教授。
96年、やぶさプロジェクトマネジャー。
08年、月・惑星探査プログラムグループ・プログラムディレクター併任。
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◇たなか・こういち

1959年富山県生まれ。83年東北大工学部電気工学科卒、
島津製作所入社。
85年、質量分析の新しい方法「高分子のソフトレーザー脱離イオン化法」
を開発、02年にノーベル化学賞を受賞、フェローに就任。
10年3月、国から34億円の支援を受け、最先端研究開発に取り組む
国家プロジェクト「田中最先端研究所」所長。

http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2010/07/15/20100715ddm010040012000c.html

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