2010年8月7日土曜日

アメリカのスポーツ政策

(sfen)

◆充実した大学のスポーツ環境

アメリカ中西部インディアナ州にあるブルーミントンは、
インディアナ大学のある小さな大学町。

キャンパスに、約5万人を収容するアメリカンフットボールスタジアム、
1万8千人が観衆となるバスケットスタジアム、
18ホールの広大なゴルフ場、サッカー場、室内フットボール場、
野球場、ソフトボール場、バレーボール体育館、
8面の室内テニスコート、数十面の屋外テニスコート、
バスケットボールコート10面とラケットボールコート5面ほどの大体育館、
たくさんの多目的芝運動場、レクリエーション総合体育館など、
数えきれない運動施設を持っている。

大学を代表するアスリートが主として利用する施設から、
一般学生が自由に利用できる施設まで、驚くべき数を有している。

学内には、レクリエーションスポーツ部局があり、
学生へのプログラムだけでなく、休み期間には
地域の人々へのプログラムも提供。

大学スポーツの花形であるアメリカンフットボールや
バスケットボールの対抗戦には、大学関係者はもちろん、
老若男女地域の住民がホームチームの応援に大挙して訪れる。

地域には、各レクリエーションスポーツのセンターやYMCAなどの
施設があり、身近な活動を保証。

◆アメリカに根付くスポーツ文化

州都のインディアナポリスには、プロフットボールチームのコルツ、
プロバスケットボールチームのペイサーズが本拠を置き、
チケットはすぐ売り切れになるほどの爆発的な人気。
チケットは手にできなくとも、それらのゲームはすべて放映、
スポーツバーや自宅で、お祭りのようにみんなが楽しんでいる。

「スポーツを抜きにして、アメリカ文化は語れない」という
言葉通りの姿である。

草の根のアマチュア・スポーツから、ショーアップされた
プロ・スポーツまで、ほかの国を寄せつけない多様性と規模をもって、
スポーツがすぐそこにある。
この様子は、全米でもいたるところで見られる光景。

この背景には、それを支える膨大なスペース、施設などのハード面と、
メディアやプログラムなどのソフト面の充実、
大衆のための娯楽として意義の認識やスポーツそのものの価値を
認める国民性など、あらゆる条件が兼ね備えられている。
まさに、スポーツ大国アメリカといわれるゆえん。

◆アマチュア・スポーツを統轄する中央組織

スポーツの政策の基盤となる法律として、最初にあげるべきものは、
「オリンピック・アマチュア・スポーツ法」。

この法は、1978年、アマチュア・スポーツ法として成立、
1998年、クリントン政権時、国際的な動向と合わせ、
あらたにパラリンピックとの関係を規定、
選手や組織の紛争解決のためにアドバイスすることのできる
オンブズマン制度を取り入れ、オリンピック・アマチュア・スポーツ法
(Ted Stevens Olympic and Amateur Sports Act)と改称。

1975年、フォード大統領は、オリンピック大会での成績不振の
原因究明と、一因と思われる各スポーツ組織間の紛争解決を
図るため、「オリンピック・スポーツに関する大統領諮問委員会」設置、
詳細な報告書をもとに、「アマチュア・スポーツ法」が成立。

国際競技力の低下がその背景となって、法制化に向かった。
報告書では、国際競技での不振の主たる原因を、組織上の欠陥と
著しい資金不足の2点と指摘、現役の競技者を競技団体の運営に
一定割合参加させること、役員のアマチュア化を主張した点は
特に注目すべき。

この法の成立によって、アメリカオリンピック委員会(USOC)は、
アマチュア・スポーツを統轄する中央組織として認定、
オリンピック大会などの国際競技会の役員、
選手の選考決定権を全面的に得、
アマチュア・スポーツ活動の推進と競技組織間の調整機関となった。

国内統轄団体の認可権限ももち、USOCを中心とした
アメリカのアマチュア・スポーツ機構が統一、完成した。

(1)オリンピック・アマチュア・スポーツ法
CHAPTER 2205―UNITED STATES OLYMPIC COMMITTEE
オンブズマン制度(国民の代理人として、行政が違法・不当なことを
していないかを監視する制度)を取り入れたスポーツ法

◆スポーツ振興を広く捉えた組織に発展

国際競技力の向上を中心とした制定過程であったが、
最終的には、USOCの目的の条項内にフィジカル・フィットネスと
国民参加の推進・援助、女性スポーツ、障害者スポーツ、
マイノリティスポーツの奨励・援助等を掲げ、
広くスポーツ振興を視野に入れ、その法の成立は後押しされた。

USOCの非政治性、非営利性が強調された点、
オリンピック委員会の名称の独占的使用が規定された点なども
現代的課題として重要。

直接的なスポーツ国家法ではないが、
国民に体育・スポーツの機会均等を保証する連邦法規として、
「市民的権利に関する法律」(Civil Rights Act of 1964)、
「タイトルⅨ」(TitleⅨ of Education Amendments of 1972)、
「障害をもつアメリカ人に関する法」
(The Americans with Disabilities Act of 1990)など。

それぞれ人種、性、障害について、広くその差別的扱いを禁止、
これらの法規は、平等機会を広く保証する重要な後ろ盾。

◆複合的なスポーツ・健康政策

歴史的にみて、1900年初頭の大学スポーツ問題や
一部プロ・スポーツとのかかわり以外には、
合衆国政府は、スポーツに関与するということに消極的。

プロ・スポーツをはじめとするスポーツイベントの巨大ビジネス化、
オリンピックや世界選手権などハイレベルのスポーツ競技の
国際的注目度、莫大な医療費とかかわる国民の健康問題などを
背景に、政府としても積極的な役割を演じる必要性が増してきた。

アメリカのスポーツ政策を検討する場合、
市民のスポーツから学校体育、一般の競技スポーツから
国際競技レベル、大学スポーツ、プロ・スポーツまで、
さまざまに考えられるが、これらはまとめてフィジカル・フィットネス、
健康づくりと競技スポーツに大別できる。
これに、特に盛んな野外レクリエーションの領域も重要。

アメリカ合衆国は、連邦国家の名のとおり、地方分権が建て前で、
その行政的権限は、外交、国防や人種差別などのような
特殊な問題を除いて、州および地方公共団体に委ねられている。

通常は、学校体育などについて、各州や行政区で
体育を規定する法の形式、管轄する機関、時間配分などさまざま。
市民の健康づくりなどに関し、実際の施策をみる場合、
各州および市町村を丹念にあたり、検討していく必要。

◆わが国のスポーツ基本法に向けて

アメリカでは、生活のなかにさまざまなスポーツが根付いている。
スポーツを、多様な機会で享受することによって、
個人、家族、仲間、市民が共通の楽しみを共有。

その点において、スポーツは豊かな社会づくりの一つの
大きな意味をもっている。
それを支えているのがハード面、ソフト面、人的側面などの
条件整備と歴史的に形成されてきたスポーツ観である。

今後、わが国のスポーツの発展を考えるとき、
市民スポーツからプロ・スポーツも含め、平等機会、安全、
選手の権利、適正な紛争処理手続きなどを保証することが大切。
そのことを踏まえ、すべての人が多様なかかわりを持てる
スポーツの基盤を、公共が支えることを示した
新しいスポーツの基本法が、わが国に誕生することを期待。

◆井上洋一

奈良女子大学文学部人間科学科(スポーツ科学)教授。
専門分野は、スポーツ法学。
日本スポーツ法学会理事(事務局長)、
日本体育・スポーツ政策学会理事を兼務。
主な書籍は、『スポーツ政策の現代的課題』編著(日本評論社08年)、
『導入対話によるスポーツ法学』共著(不磨書房2005年)ほか。

http://www.ssf.or.jp/sfen/sports/sports_vol4-1.html

0 件のコメント: