2010年1月16日土曜日

<究める>一流生む自由な気風 恩師の教え今も

(2010年1月4日 読売新聞)

免疫学の世界的権威 岸本忠三・元大阪大学長

科学技術予算の削減が昨年、検討されたが、
科学技術が我が国の将来を支える礎の一つであることは、
誰もが認める。
日本には、世界に誇れる研究がある。
トップを究め、リードする科学者たちを連載で紹介。

「上の奴は蹴散らかしてええ。下の奴こそ大事にせえ」。
1962年春、一人の男が大阪大に戻ってきた。
九州大から、第3内科教授として母校に来た、山村雄一(1918~90)。
大阪・中之島にあった医学部。
薄暗い研究室に檄が飛んだ。

関節リウマチの治療に道を開いた、免疫学の世界的権威となった
岸本は当時、阪大医学部5年。
その時の衝撃をこう振り返る。「人生変わりましたわ」

医学界の陰を描いた山崎豊子の小説「白い巨塔」の連載が
始まったのは、翌63年。
当時、第1内科と第1外科の教授を頂点にした、
まさに小説の「浪速大学」通りの閉鎖的な階層社会で、
〈出る杭〉は決して許されない雰囲気。

岸本の子どもの頃のヒーローは、野口英世と湯川秀樹。
2人のような研究者を目指したが、講義は暗記ばかり。
入学後、「優秀な若者を平凡にしてしまう学部」との陰口も。

失望の中で出会ったのが、山村だった。
免疫学の草分けだが、旧海軍軍医上がりの豪放磊落な性格。
講義では、世界の最前線を走る自分の研究をいつも熱く語った。
「先生の講義に、ほんまに感動してこの人についていこう」と、
第3内科の門をたたく。
外部から優秀な人材を次々に誘い、若手を育てる山村の下で、
研究者としての力を着実につけた。

大学院修了後、研究活動を本格化させた70年代、
免疫機構の研究は、激しい国際競争を繰り広げていた。

生物が、体内で病原体の侵入をキャッチして排除するうえで、
どんな役割を果たしているのか、よくわかっていなかった
「インターロイキン(IL)6」という物質に注目。
微量しか採取できない試料の精製を繰り返し、
86年、世界に先駆け遺伝子を特定することに成功。
研究開始から15年を経ていた。

「研究室の仲間はよう面倒みてくれたし、競争もした。
自由な気風が結果につながった」
IL6はその後、リウマチの炎症の原因となっているなど、
様々な機能を持っていることがわかった。

79年、岸本は病態病理学教室の教授に就任。
細胞工学センターを経て91年、古巣の第3内科の教授。
医学部長や学長時代には、医学部の古い体質にメスを入れた。
「教授がアホやったら、その下の100人全員がアホになる」、
1人の教授をトップにしたピラミッド形の人事体制を廃し、
教授を増やして専門科ごとに配置。
「白い巨塔のままならアホらしくて、自分はさっさと日本を離れていた」

研究は多忙を極めたが、学生への講義は最優先。
毎回念入りに準備し、全力投球で臨む。
一コマの講義が、学生の人生を決めるほど、
重要な役割を持つことを、身をもって体験。

そんな姿勢に応えるかのように、教室の最前列で聞く
学生が増えてきた。
後に、IL6を共同発見した平野俊夫・現阪大医学系研究科長や、
ノーベル賞有力候補の審良静男・阪大教授ら。

世界を相手に戦っているだけに、教え子には厳しかった。
「マウスの遺伝子をノックアウトでけへんのなら、
お前をノックアウトしたる」。
午前9時を過ぎて研究室に来ようものなら、
「きょうは病気か」、「親が死んだんか」。
研究室に響き渡る大声でどなるのは、一流になってほしいから。
「『重箱の隅をほじるような研究はするな』とよく言われた」
審良は振り返る。

98年2月最終講義で、定員300人の大講堂に
約700人が詰めかけた。
自慢の教え子たちが、顔をそろえていた。
どの顔も、世界に通用する第一線の研究者に成長していたのが
誇らしかった。

今も現役だから、研究の動向には敏感だが、
世間の動きにも目を配り、ベストセラーはほとんど読む。
最近のお気に入りは、テレビドラマ「JIN―仁―」
幕末の江戸にタイムスリップした医師が、当時存在しなかった
点滴や抗生物質を作って、コレラや梅毒の患者らを救う物語。

裏を返せば、今から見れば夢のような医療が50年後、
100年後には普通になっているはず。
それを実現するのが研究。
そやから、学長を辞めた後も研究してますねん」と岸本は笑う。
細くなった目は、100年先を見つめている。

◆自己免疫疾患治療に光

ウイルスや細菌から身を守る免疫機構は、監視役や攻撃役などの
様々な細胞が巧みに連携して、一つの仕事をする。
細胞同士のチームプレーに欠かせない連絡役が、
サイトカインと呼ばれるたんぱく質、「IL6」もその一つ。

岸本教授らは、IL6が病原体の侵入をリンパ球に伝える以外に、
血液を凝固させる血小板を増やしたり、ホルモン分泌を促したり、
過剰になると関節リウマチや骨髄腫などを引き起こしたり、
悪化させたりすることも突き止めた。

免疫が、自分自身を攻撃する自己免疫疾患のリウマチや、
キャッスルマン病などを、IL6の働きを阻害することで治療する新薬
「アクテムラ(一般名トシリズマブ)」を、中外製薬と共同開発。
2008年以降、日本や欧州などで承認、今月には米国で使用。

◆きしもと・ただみつ

1939年大阪府富田林市生まれ。64年大阪大医学部卒。
同大学細胞工学センター教授、医学部第3内科教授、
医学部長などを経て、97~03年に学長を2期務めた。
現在、生命機能研究科教授、千里ライフサイエンス振興財団理事長。
ノーベル物理、化学賞を選考するスウェーデン王立科学アカデミーが
選ぶクラフォード賞(09年)など多数受賞。
1998年に文化勲章受章。70歳。

http://www.m3.com/news/GENERAL/2010/1/4/113950/

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