(日経 2010-01-19)
大学の研究成果をもとに起業する「大学発ベンチャー」は
今、その多くが青息吐息の状態。
大学が、国やベンチャーキャピタルの口車に乗せられ、
起業促進に走り、事業採算もずさんな会社を乱立してしまった
「学者商法」をあげつらうのは簡単だが、
このままでは大学の優れた技術を、日本の産業競争力強化に
役立たせる道筋を閉ざせてしまう。
この課題を克服する救世主と期待したいのが、
大企業が大学と共同開発した研究成果を、
開発チームごと独立させる「大(企業)・大(学)発ベンチャー」
と呼べるビジネスモデル。
成功例の第1号となりそうなのが、QDレーザ(菅原充社長)。
富士通が2006年に独立させたベンチャー。
東京大学と連携し、光通信の次世代技術と期待される
量子ドットレーザーの開発、製造を手掛ける。
世界の半導体メーカーが、実用化に悪戦苦闘している
緑色レーザーを、10年秋からの量産開始を表明、
最先端の光通信デバイスの開発競争で、トップランナーに。
量子ドットレーザーは、富士通の研究子会社、富士通研究所が
東大の荒川泰彦教授と共同開発した産学連携の成果。
量子ドットとは、一辺の長さがナノメートルの半導体で作った微細な箱。
ここに電子をとじ込め、エネルギー状態をそろえると、
小さな電力をかけるだけで波長のそろったレーザー光を発生。
温度が上昇しても、波長は変化しにくい。
従来のレーザーは、使用中の発熱などで出力が低下、冷却器が必要。
量子ドットレーザーは、大幅な省エネとコストダウンが可能、
高速長距離光通信のほか、照明などへの応用が見込まれる。
QDレーザは、設立の経緯でも注目。
量子ドットレーザーは、富士通のドメイン(事業領域)である
光通信の競争力強化を担うコア技術として、
ナノデバイス開発の権威である荒川教授とともに開発。
“希望の星”の研究成果をものにした開発チームを、
本社から切り離して独立させる「カーブアウト」と呼ぶ
分社化戦略に、同社の事業部サイドから慎重な意見も。
黒川博昭社長(当時)が、カーブアウトにゴーサインを下したのは、
「変化の激しい先端技術市場の競争では、
経営の意思決定の遅れや投資の自由度の制約が命取り」
グローバル市場のシェアを最大化するには、
世界の通信メーカーに売り込むことが不可欠、
富士通の看板は邪魔になると割り切り、早期の事業立ち上げを
成就するため、ベンチャーの突破力にかけた。
大学発ベンチャーの多くが失敗した理由は、
学術的にいかに優れた研究成果でも、
市場の要望に合致しなければ、売り上げに結びつかない
ビジネスの冷厳な壁にぶち当たった。
市場支配力や優秀な人材と技術が、大企業に偏在する日本で、
ベンチャーが生き残る1つの便法は、
技術の実用化にたけた大企業との連携の道を探ること。
荒川教授が、大学発ベンチャーを選択せず、
富士通との産学連携を選んだのは、
研究成果の実用化のため、大企業の経営ノウハウやモノ作りの
インフラを活かすことが不可欠と考えた。
QDレーザについて、荒川教授は
「最先端の基礎研究とビジネスが直結、実用化に取り組む体制で、
経営決断のスピードがアップ、
リスクを伴う開発を進めるための外部資金調達が可能」、と3つのメリット。
株主は、富士通、三井物産系ファンドでスタート、
08年、みずほキャピタルを中心に総額7億円の資金調達。
開発資金を一番必要とする時期が金融危機とかち合ったが、
市場性が高い技術への期待は高く、資金獲得に支障はなかった。
世界に先駆けて量産する緑色半導体レーザーにも、
市場重視の開発思想が込められている。
赤色や青色の光を発するレーザーは、DVDなどへのデータの
読み書き用に実用化、「光の三原則」に必要な緑色レーザーの
開発は遅れていた。
研究試作では、住友電気工業や米カリフォルニア大学などが
開発完了を明らかにし、使う基板は1枚50万円以上と
高価な窒化ガリウム素材。
QDレーザは、光通信用半導体の素材として一般的で、
1枚2万円程度のガリウムヒ素の基板を採用。
他社が純粋な緑色を1発で発光させることに執着、
QDレーザはいったん赤外レーザーを発光させ、
その光の波長を特殊な素子で半分にして緑色を実現。
安価な素材で緑色のレーザー光を作り出し、
顧客獲得を有利に展開できる。
荒川教授は、「既に生産開始した量子ドットレーザーは、
海外で具体的な商談が進行中」
緑色レーザーは赤、青色のレーザーと組み合わせれば、
自然に近い鮮やかな色の背面投射型テレビや、
携帯電話に内蔵できる超小型プロジェクターなど、
新たな映像機器の実現に貢献、
12年3月期、30億円の売り上げを見込む。
大企業の研究所の研究成果で、事業化されるのはごく一部。
ノンコアと判断された技術は、お蔵入りしたまま日の目をみない。
QDレーザのように、社外にベンチャーとして独立させることで、
事業化が加速、大化けする成功例が増えれば、
大企業の経営者は、他社に使われるのはもったいないと、
有望技術を社内に眠らせることの愚から目を覚ます。
MEMS(微細電子機械システム)開発の第一人者、
東北大学の江刺正喜教授が、大企業との研究成果を活かし、
MEMSセンサーなどの製造を請け負う
ファンドリー(受託生産会社)ベンチャーを立ち上げ、
半導体製造技術やクリーン技術開発で、数多くの実績を持つ
大見忠弘東北大教授も、開発に協力した大企業に
大学との共同研究の成果を活用したベンチャーの起業を
呼びかけ、「大・大発ベンチャー」創出の動きが広がり始めた。
大企業にとっても、事業が成功すればキャピタルゲインを得られ、
開発を途中で挫折した技術者に再挑戦の機会を与え、
やる気を起こさせるなど人材活用面でも効果大。
大学発ベンチャーの失敗を繰り返さないため、
大企業が大学との共同研究の技術シーズをカーブアウトする
「大・大発ベンチャー」が、産学連携の新しい
日本型イノベーションモデルとして定着することを期待。
http://netplus.nikkei.co.jp/ssbiz/mono/mon100107.html
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