2010年5月7日金曜日

米国にもあった熱血指導、“ラソーダ流”育成法

(日経 4月30日)

ドジャース傘下のマイナーチームのコーチを務める
元横浜ベイスターズ監督、山下大輔氏(58)が、
2年目のシーズンを米・アリゾナで迎えた。

キャンプで認められ、順調にアメリカンドリームの階段を
上っていく者があれば、失意のまま去る者も。
それぞれの人生が交錯するメジャーの“支度部屋”で、
山下氏が見たものは……。

「You gotta work!」(『ユー ガラ ワーク』と聞こえる)
あちらと思えばまたこちら、砂漠の中に広がる
ドジャースキャンプ場に、しわがれた声が響く。
超意訳すれば、「おまえたちは、一日中練習してりゃいいんだ」

1996年まで20年間にも渡ってドジャースを率いた
トム・ラソーダ元監督、今年9月に83歳。

「私の体には、ドジャーブルーの血が流れている」といって
はばからない名伯楽の新しいシーズンが、また始まった。
野茂英雄が、かつてメジャーに移籍した当時の監督として、
日本にもなじみが深いだろうラソーダ。

その信条は、「修行の身である若手に、休みなど要らない」
このラソーダ精神は、チームに脈々と受け継がれて、
3月は1日も休日がなく、宿舎に帰って「バタンキュー」の日々。
去年は1日だけとはいえ、休みがあったはず……。

◆厳しいサバイバルレース

投手の球数制限に象徴されるように、
アメリカは故障を抑えるべく、極力体をいたわりながらやっていると
思われがちだが、ここにあるのはもう1つのアメリカ。

3月に始まるマイナーのキャンプは、シーズンに向けて
選手を3A、2A、1Aに振り分ける“仕分け”の期間。
マイナーリーグの中でも、一番下のランクである
1Aのチームからもお呼びがかからず、
「もう帰っていいよ」といわれる選手も。

マイナーのキャンプは、一番多いときで170人ぐらい、
とにかくアメリカは見切りが早く、出入りが激しい。
顔ぶれも、毎日のように変わる。
それほど厳しいサバイバルレースを、何十年と見てきたラソーダ。
「おまえたちに休みはない」は、親心と思って間違いない。

◆情熱とエネルギー注ぎ込む

ラソーダの熱血伝説には、枚挙にいとまがない。
野茂と同時期にいた、ラウル・モンデシーという選手。
野茂の1年前のナ・リーグ新人王、
最初はカーブが全然打てなかった。

ラソーダは、自ら打撃投手を務めて、1時間以上も投げた。
アメリカではコーチ、監督が投げるのは当たり前、
当時すでにご老体だったことを思えば、
やはり尋常ではない情熱とエネルギー。

今でも見込みがありそうな選手をつかまえては、
「ちょっと打ってみろ」と身を乗り出す。
さすがに、もう本人は投げられない。
現場にたまたまいたのが、ドジャースのコーチを務めて
34年というジョン・シューメーカー。

練習メニューやスケジュールを管理するシューメーカーが、
この日のラソーダの“犠牲者”。
打撃練習は、延々1時間10分ほど続いたろうか。
シューメーカーもさすがにぐったりで、
「まったく。投げるのはオレなんだからなあ」

当のラソーダ本人はといえば、球場が何面もある広大な敷地を
移動するためのゴルフ用カートで、うとうと居眠り。
何とうらやましい人生……。

今のラソーダで驚いてはいけないよ、と教えられたエピソードも。
彼がもっと血気盛んだったころ、
「足が痛い」と訴えた若い投手にこう言った。
「泡風呂にでも足を突っ込んどけ」
「我々の宿舎に、そんなものはありません」
「それなら、便器にでも足を入れとくんだな」
「トイレの水は冷たいです」
「そんなら、小便して温めろ!」
ウーン、である。

◆結局は肉体勝負の世界

ラソーダ式のハードワークで、つぶれた選手も少なくない、と聞いた。
人生の勝負どころで、適当に骨休めなんてことをしていたら、
置いてけぼりを食うだけだぞ、というラソーダの考え方も分かる。

結局、肉体勝負の世界だから、これしきの練習でつぶれるような
選手はしょせん無理、という経験則もあながち的外れではない。
コーチたちと、投手交代のタイミングが話題に。
「ノーヒットノーランがかかっていても、100球で交代するのか?
球数で交代するなら、監督なんか要らん。
投手の状態をみて、行けるようなら120球でも130球でも
投げさせればいいし、80球で見切りをつけなきゃいけない
ときだってある。それが、監督の仕事だろ」

◆「毎朝、鏡を見ろ」

夢と希望を胸に、大リーグの門をたたく若者たち。
彼らを集めて、ラソーダは毎年語る。
「朝起きたら毎日、鏡を見ろ。

そして、鏡のなかの自分に語りかけるんだ。
『おまえはやる。絶対できるんだ』ってな」

フィジカルを完ぺきにし、メンタルを100パーセント野球に
集中できる状態に保ち、ファンダメンタル(基本)を大事にする。
そして自分を信じること――。

大きなジェスチャーを交え、口角泡を飛ばして語りかける
ラソーダの熱弁に押されて、人生の一歩を踏み出す
若者たちは幸せかもしれない。

合理精神と功利主義に染まったかにみえるアメリカ野球だが、
その陰ではラソーダのような人たちが、
「人生は気合いだぁー」という精神主義の火をともし続けている。

アメリカンドリームのため、馬車馬のように走り続けてきた人々。
古き良き時代をしのばせる、もう1つのアメリカが
ここ、マイナーリーグに残っている。
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◆やました・だいすけ

1952年3月5日生まれ、静岡県出身。
慶大、東京六大学の首位打者、74年大洋(現横浜)に入団。
華麗かつ堅実な名遊撃手として、
8年連続ゴールデングラブ賞受賞。
98年、横浜の優勝時はヘッドコーチ。
2003年から2年間、監督。
守備の技術の伝授を請われ、09年からドジャースで若手の指導。

http://www.nikkei.com/sports/column/article/g=96958A88889DE2E4E7E2E1E2E5E2E0EAE2E6E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2;p=9694E0EAE2E6E0E2E3E2E2E4E2E5

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