2010年5月13日木曜日

インサイド:学ぶ・考える・やってみる 小平奈緒のスケート哲学/1

(毎日 4月27日)

スピードスケート女子の小平奈緒(23歳=相沢病院)
バンクーバー五輪で、スケート日本代表最多の4種目に出場、
個人2種目で5位入賞、団体追い抜きでは銀メダルに輝いた
女子スケート界のエースは、「学んで」、「考えて」滑るという
手法に磨きをかけ、4年後のソチ五輪に向かう。

スケート部がない長野・伊那西高から、国立の信州大学に進む、
異色の経歴を持つスケーターの歩みをたどった。

◇大学でつかんだ理論

信州大学スケート部の新入生は、入学から1カ月間、
長野市にある教育学部キャンパスの一角で、座学にいそしむ。
同学部教授、スケート部の結城匡啓監督(45)による講義。
通称、「結城理論勉強会」。

速く滑るにはどういう動きが適切か?
なぜなのか?
その動きができるようになるには、どこの筋力が必要で、
その筋力を鍛えるトレーニングとは?
筑波大でスポーツ科学を学び、スピードスケート選手としても
活躍した結城監督が構築した理論が、部員に一気に注入。

5年前、1年生だった小平は、初めて勉強会に出たとき、
「これだ」と思った。すぐに決断。
「自分のスケートを一度真っ白にし、新しいスケーティングにしよう。
時間はかかっても、変えたかった」
結城監督も、その時の小平の強い視線を覚えている。
「系統だった理論を学びたい、と本当に思っているんだな」と感じた。

小平は、中学時代、信州大スケート部の練習を見て、信州大を志した。
「がむしゃらにメニューをこなすのではなく、
目指していることが見えてくるようなチームだった」
将来は教師になりたいという夢も、この大学なら実現可能で一石二鳥。

理論的トレーニングは、普段の生活にも及んだ。
常にスケートの動きを意識し、曲げたヒザを伸ばすとき、
できるだけ前傾姿勢を保ったままで伸ばし、足の裏側の筋力を鍛えた。
滑る時、右足先が外に開くクセがあるため、
歩く時から進む方向にまっすぐ、と自分に言い聞かせた。

国立大学には、スポーツ選手の特別扱いはない。
1年生時、松本キャンパスで授業を受け、
練習は「エムウェーブ」まで1時間以上かけて通うか、
浅間温泉にある屋外リンクで行う。
3年時、教員免許取得のため、母校の茅野北部中に
1カ月間の教育実習に赴き、練習時間の減少は避けられなかった。
後悔はないばかりか、「全部プラスになった」と言い切る。

「たとえば」と小平は言う。
子供にスポーツを教えることをテーマにした授業で、
スポーツの苦手な子供の動きのまねができると、
良い指導者になる、と教わった。
「苦手な人の動きのまねができるなら、上手な人の動きもまねできる。
今度スケートでやってみよう」
授業中も、頭のどこかでスケートのことを考え、
思いついたプランを書き込んだから、ノートは真っ黒に。

4年生で取り組んだ卒論も、時間はとられたが、
面白いうえに役に立った。
テーマは、「女子千mでの世界一流選手のカーブワークの動作解析」
3年生の3月、長野で世界距離別選手権が開かれた。
結城研究室の大学院生が、高速ビデオでレースを撮影、
自分も出場する女子千mの撮影も依頼。
上位20人の映像をパソコンに取り込み、動きを分析。

カーブが得意でなかった小平は、中距離で敵なしだった
アンニ・フリージンガー(ドイツ)の動きと、自分との違いがわかった。
4年夏、カルガリー合宿での小平の滑りを見て、結城監督は驚いた。
カーブの入り口での体の使い方が抜群にうまくなり、
速いラップで長く滑れるようになっていた。

スケート関係者の中には、「小平が大学に行かなければ、
トリノ五輪に出場し、2度目のバンクーバーでは個人種目でも
メダルを取れた」という声も。
小平は、「大学回り道」説を、きっぱり否定。
「大学の4年間がなかったら、いまの自分のスケートはない」
自分が考えて決断した道は正しい、という確信が、揺らぐことはない。

http://mainichi.jp/enta/sports/general/news/20100427ddm035050004000c.html

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