2010年5月11日火曜日

フロンティア:世界を変える研究者/3 大阪大大学院特任教授・柳田敏雄さん

(毎日 5月4日)

「実験が甘い。これで証明できたと言えるの?」
73年ごろ。
柳田さんは、ノーベル賞受賞者が書いた1本の論文に、
強い疑いを持った。
論文は、生体の筋肉収縮の謎を解明したとの内容。
民間企業のエンジニアから転身、大学院博士課程で
生物物理学を学び始めた柳田さんは、
「生き物が、人工機械と同じ仕組みであるはずがない」

大学院修士課程で学んだ電気工学の知識と技術を生かし、
レーザーを使った顕微鏡を手作りした。
筋肉を収縮させるたんぱく質に目印をつけ、光らせる技術を開発。
たんぱく質を生きたまま観察した結果、筋肉収縮は
論文が示す仕組みでは起きていないことを明らかに。
成果は、世界的な反響を呼び、たんぱく質の最小単位である
1分子を観測する「分子イメージング」技術の開発に。

生体内では、規則性のない「ゆらぎ」が重要な役割。
筋肉のたんぱく質分子。
まわりの水分子がぶつかってふらふらしているが、
収縮する時、水分子を選び、その動きを利用。
ロボットなら、エネルギーを使って余計な動き(ノイズ)を排除し、
正確に部品を動かす。
生体は、このノイズを上手に取り入れ、最小限のエネルギーで
動かす仕組みを持っていた。

研究を進めるにつれ、従来のアプローチの限界も見えてきた。
「生命科学者は、たんぱく質や遺伝子など生体を構成する
個々の『役者』の振る舞いを調べてきた。
『役者』は、機械のように中央制御で動いているのではなかった」

近年、脳が見たものを把握する「視覚認知」の研究に取り組む。
神経細胞は、エネルギーをさほど使わず、複雑な情報を処理。
「人間の創造性やひらめきなど、脳の一番ミステリアスな部分にも、
『ゆらぎ』が使われている可能性がある」

07年、同僚の審良静男教授(免疫学)に請われ、
新設の「免疫学フロンティア研究センター」の副拠点長に就いた。
分子イメージングの手法で、免疫反応の全体像を
明らかにしようという取り組み。
「免疫反応は、強すぎても弱すぎても病気になる。
さじ加減しているのは誰なのか?
まずはきちっと計測する技術を開発し、
免疫システム全体をモデル化して理解したい」

この春定年を迎えたが、容姿も探求心も衰える気配はない。
「大阪人の大好きな『ええかげんさ』が、生体にはある。
それを定量的に解明したい」
イグザクト(正確な)サイエンスと、「ゆらぎ」の概念を武器
立ち向かえば、分かるはずだと信じている。
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◇やなぎだ・としお

46年兵庫県生まれ。76年工学博士。
88年大阪大基礎工学部教授、96年同医学部教授、
02年生命機能研究科教授。
今年3月に定年退職、4月から現職。

http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2010/05/04/20100504ddm016040032000c.html

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