2010年5月15日土曜日

資格へ言葉の壁 外国人看護師・介護福祉士 信州・取材前線

(2010年5月8日 毎日新聞社)

日本との経済連携協定(EPA)に基づき、
インドネシア、フィリピンからの看護師、介護福祉士の
受け入れが始まって約1年半。

県内では今、両国籍の看護師8人、介護福祉士7人が働く。
高齢者のケアなどの仕事に奮闘しながら、
日本の国家資格を目指す彼らだが、合格者はいまだゼロ。

難解な専門用語の習得には困難がつきまとい、
教育と実務の負担が現場に任される制度のアンバランスさも
浮かんでくる。

手探りが続く県内の病院をたずねた。
桔梗ケ原病院(塩尻市)の病棟で、イスラム教徒が
「ジルバブ」と呼ぶ布で髪を覆ったインドネシア人看護師、
セアニア・エスティアリニエさん(26)が患者のおむつを替えていた。
「コンニチハ。大丈夫ですよ、心配しないで」

笑顔を見せながら、体の不自由なお年寄りたちに優しく声をかける。
本国での看護師経験は2年。
08年8月に来日、日本語の日常会話はマスター。
慣れない日本だが、表情は明るい。
患者から名前で呼ばれたり、親しみを込めて
「インドネシアさん」と呼ばれるようになった。

同病院は09年、日本で看護師資格を目指す
インドネシア人女性5人を受け入れた。
「日本を知りたい」、「高い技術を学びたい」など、
来日の動機はさまざま。
本国では、2~8年のキャリアを持つが、
ここでの身分はまだ「看護助手」。
おむつ交換や入浴、体をふくなどが主で、
専門的な医療行為にはかかわれない。

5人は、日本の看護師試験を2度受験したが、いずれも不合格。
チャンスはあと1回。
もしだめだったら、帰国を余儀なくされる。

最大の難関は、漢字の習得。
せきは「咳嗽(がいそう)」、体をふくことは「清拭(せいしき)」、
むくみは「浮腫(ふしゅ)」--。
専門用語は、日本人でも難しい物も多い。

午後の約3時間半が、試験科目や日本語の勉強の時間、
アストウティ・カイディアワティさん(32)は、
「漢字の意味を理解するのは大変。解答時間が足りない」
アジザ・ナフィさん(25)は、「難しすぎて、勉強の意欲が
落ちてしまうこともある」

国や県の支援がない中、受け入れた病院側も手探りの連続。
教育プログラムは、スタッフの手作り。
時間割を定め、5人に漢字の習得目標を決めさせた。
過去の試験問題を使い、仕事の合間をぬって
主任以上の看護師が交代で教えたが、結果は伴わなかった。

千野啓子・看護部統括部長は、「教える方も教わる方も、
2回目の試験失敗で燃え尽きてしまった。
仕事をしながらでは、現場の負担も限界
民間の予備校の通信教育に、5月中旬から切り替える。

資格を得る見通しは立っていないが、セアニアさんは
「患者さんの笑顔だけでいい」
ザニ・サプトゥリさん(28)は、「言葉を使わなくても、
気持ちが分かる時がある」と屈託ない。
「インドネシアでも日本でも、患者さんを大切にしたい思いは
変わらない」と言う5人の挑戦は、来年2月の試験まで続く。
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◇外国人看護師・介護福祉士の受け入れ制度

国同士の貿易や人材交流などの自由化のルールを定める
経済連携協定(EPA)を、インドネシア・フィリピンの両国と
日本は07年までに締結。

看護師・介護福祉士については、08年から受け入れが始まり、
今年4月現在、両国から日本の看護師資格を目指す358人、
介護福祉士には480人が来日、
国家試験の合格者は看護師の3人。
看護師は3年以内、介護福祉士は4年以内に合格できなければ、
帰国しなければならない。
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県内の看護師・准看護師数は、約2万2800人(08年現在)。
90年約1万2200人、00年1万8100人と一貫して増加傾向、
人口10万人あたりの数も1043人(08年現在)と、
全国平均の980人を上回る。

医療・介護現場の実感は、数字とは異なる。
県看護協会の西沢喜代子会長は、過酷な勤務実態から来る
人手不足のほか、「女性が多く、出産や子育てに伴う
離職者も少なくない。
継続勤務や復職を後押しするため、労働環境の改善が課題」

桔梗ケ原病院が、インドネシア人5人を受け入れたのも、
看護師、看護助手の不足を解消するため。
千野啓子・看護部統括部長は、
「制度自体が『見切り発車』の面はあったが、少子高齢化を見据え、
将来的に貴重な人材になりうる」
県内では3病院、4施設が計15人を受け入れ。

京都大大学院の安里和晃・准教授(外国人労働者問題)は、
「看護師が足りない地域のニーズに応えるため、
海外の人材を使わない手はない」
現行制度は、受け入れを現場サイドに任せっきり、というのが実態。

厚生労働省の外郭団体「国際厚生事業団」が、
両国からの受け入れを希望する施設を募集。
半年間の日本語研修を行うが、それ以外の実務は、
外国人と雇用契約を結んだ受け入れ施設が担う。
独自の日本語学校への通学、試験科目の勉強といった
教育コスト、賃金支払いなど。

桔梗ケ原病院の場合、看護助手として働く5人に
日本人と同額の賃金を支払うほか、家賃も負担。
5人の教育に割く人手やコストも、病院の「持ち出し」に。

現場の負担の重さに批判が高まり、国はようやく今年度、
日本語学校の受講費の一部助成や、インターネットを使った
無料通信教育に乗り出した。
勉強の仕方や教材などを示した「標準学習プラン」も策定、
教育機関でない現場が、教育面をほとんど担う実態に変わりはない。

安里准教授は、「国の発想は、国家試験合格までのプロセスが
抜け落ち、現場にしわ寄せがきている。
海外の人材の力を発揮できる環境にしなければ、
制度は機能しない」

http://www.m3.com/news/GENERAL/2010/5/10/119922/

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