2010年7月8日木曜日

ツタンカーメン死因で議論 きょうだい婚で王朝衰退か

(2010年6月30日 共同通信社)

黄金のマスクで知られる古代エジプト第18王朝後期の
ツタンカーメン王の死因をめぐり、新たな論議が活発化。

従来の暗殺説を完全否定するマラリア感染と
足の骨折が重なったとの説や、遺伝性の血液疾患との説が登場。
「きょうだい婚」が王の病気を誘発し、
王朝衰退のきっかけとなったとの見方も。

約3300年前の古代エジプト王、ツタンカーメンが育った
ナイル川中流域の都テル・エル・アマルナをつくった
アクエンアテン(アメンホテプ4世)は、多神教だったエジプトに
唯一神信仰を導入した「異端の王」。
エジプト考古最高評議会などの国際研究グループは、
DNA鑑定でツタンカーメンの父親だったと発表。

当時、アクエンアテンの急激な改革に対して、
神職らの反発が続いていた。
ツタンカーメンが19歳で急逝、頭蓋骨に陥没の跡も
見つかっていたことから、後継者に対する臣下の憎悪が
暗殺を引き起こした、との見方が消えなかった。

DNA鑑定は、ツタンカーメンの母がアクエンアテンの姉妹のうち
1人であったと解明、「きょうだい婚」だったと結論付けた。
当時の王族で近親婚は一般的で、評議会のザヒ・ハワス事務局長は、
「王族は、近親婚をしていた神々と自らを同一視していた」

研究グループは、ツタンカーメンには近親婚の影響とみられる
遺伝的な骨疾患があり、足が内側に曲がる「内反足」を
患っていたと分析。
つえを手放せず、マラリア感染に骨折が重なり死亡した。

ドイツの研究者らは6月末、足の骨の調査などから、
ツタンカーメンはアフリカなどで多くみられる遺伝性の血液疾患
「鎌状赤血球症」で死亡したとの説を発表。
最終的な死因には議論があるものの、暗殺説は完全に否定。

ツタンカーメンの死後は、高齢の部下が王位を継承、
王朝の血統は途絶えていく。
エジプト学で知られる早稲田大客員教授の吉村作治氏は、
「王朝が政変でなく、生物学的な『自己崩壊』でも
衰退することが分かった」

ツタンカーメン自身、異母姉とされるアンケセナーメンと結婚。
王墓からは、馬車を操る勇猛な王の姿が描かれた木箱も見つかった。
「英雄ではなく、病に苦しんでいた少年だった」
(国際研究グループの遺伝学者)実像が浮かぶ。

吉村氏が、「アクエンアテンが引き起こした宗教改革は、
ツタンカーメンを暗殺しなければならないほど
過激でなかった可能性がある」と分析、
古代のパワーゲームに対する見方も変わりつつある。

http://www.m3.com/news/GENERAL/2010/6/30/122264/

0 件のコメント: