(日経 2009-03-27)
オバマ米大統領が、受精卵に由来する万能細胞「胚性幹細胞(ES細胞)」の
研究に対する連邦政府助成を全面解禁する大統領令に署名。
その陰に隠れて見過ごされがちだが極めて重要なのが、
同時に署名した「サイエンティフィック・インテグリティ」に関する覚書。
今後の米政策全般を、大きく左右する可能性がある。
「インテグリティ」とは、「完全無欠の」の意味。
「サイエンティフィック・インテグリティ」は、「科学的一貫性」。
「正確で客観的な科学的助言に基づき、政府が意思決定すること」が重要。
ES細胞への連邦政府助成の解禁は日本でも注目。
京都大学の山中伸弥教授らが、世界で初めて皮膚細胞から作製した
新型万能細胞(iPS細胞)の研究にも、大きな影響を及ぼす。
米国内では、むしろ大統領覚書への関心が高い。
覚書がなぜ、それほどの重みを持つのだろうか?
ES細胞研究について、ブッシュ前大統領は2001年、
連邦政府の助成を厳しく制限すると発表。
「1つ1つの受精卵は、固有の遺伝的情報を持ち、1人の人間に育つ
潜在力を秘めている」
研究の科学的な意義には一定の理解を示しながら、
倫理的な理由から政府助成は認められない。
ブッシュ氏は、カトリックの教えに従い、生命尊重を信条に。
人工中絶にも断固反対で、受精卵を壊してES細胞を作ることへの抵抗も。
ES細胞研究によって、再生医療などが進めば多くの人の命を救え、
苦しみを和らげられる可能性。
人工授精で余り、破棄される予定の受精卵なら研究に使っても問題ない、
というコンセンサスもできつつあった。
しかし、大統領の生命観、倫理観は変わらなかった。
一連の出来事を、「科学研究の葬儀」と表現する人も。
科学が、大統領の思想の前に屈したと感じた科学者が多かった。
オバマ大統領は、「科学者がごまかしや弾圧を受けずに
仕事をできるようにし、我々に不都合な内容にこそ耳を傾けねばならない」
ES細胞だけではない。
あらゆる政策に、この考えを徹底させようとしている。
地球温暖化問題でもそうだ。
ブッシュ氏は、チェイニー前副大統領とともに、石油関連業界と関係が深い。
油田開発、石油消費を前提とする経済発展を否定できなかった。
温暖化が、人間活動に伴うCO2排出に起因するという考え方も拒否。
米航空宇宙局(NASA)のジェームズ・ハンセン博士ら、
温暖化問題に詳しい優れた研究者が何人もいる。
ブッシュ政権は、温暖化進行の報告書の公表を可能な限り見送った。
自由にモノが言えない雰囲気がまん延。
米国の京都議定書への復帰や温暖化ガス排出削減に関する法案を
通そうとする議員らが公聴会を開き、科学者らに発言の機会を与えたが、
空気は変わらなかった。
ブッシュ氏は、「科学的に未解明な点が多い」、
「温暖化問題は技術で解決できる」などの主張を繰り返した。
オバマ大統領は、それを一気にひっくり返した。
科学的な分析を重視して温暖化ガスの影響を認め、排出増を止めるべきと、
20年には1990年の排出水準に戻し、50年には80%減らす目標。
達成へ向け、高効率な太陽電池の開発などのためにエネルギー省だけで
12億ドルの研究開発費を投じる。
「サイエンティフィック・インテグリティ」を徹底させるため、
オバマ大統領は主要省庁すべてに科学技術顧問を置くことを命じた。
政治思想やイデオロギーではなく、「科学・技術に関する知識、信頼性、
経験に基づき選出する」
翻って日本はどうだろうか?
政策決定における科学的議論の重みが、米国とは比較にならないほど軽い。
審議会は数多いが、「専門家の意見を聞き置く」程度で、
報告書案は担当省庁の事務方がまとめあげてしまう。
首相が議長を務める総合科学技術会議が、最新の科学的な知見やデータを
もとに政策の選択肢を示す役割を担ってよい。
温暖化ガス排出削減の中期目標は、どのような技術を使い、
研究開発を進めるかという議論と表裏一体のはず。
総合科学技術会議が積極関与しないのは、むしろ不自然。
あらゆる分野の最高水準の研究者を集めた
日本学術会議に助言を求めてもよい。
学術会議は、生命倫理や地球環境問題などでいくつも提言、
実際の政策議論には生かせていない。
オバマ方式をそっくりまねる必要はないが、
科学を政策作りにどう位置づけていくかは、科学技術立国を標榜する
日本にとって重要な課題。
http://netplus.nikkei.co.jp/ssbiz/techno/tec090326.html
0 件のコメント:
コメントを投稿