(毎日 5月10日)
杉、ヒノキなど針葉樹の単層林づくりを推進してきた林野行政は、
2009年度から国有林内において、潜在自然植生を活用した
森林造成事業で新たな一歩を踏み出す。
土地本来の木を中心に、多くの樹種を交ぜて密植する、
宮脇昭・横浜国立大名誉教授の植生生態学の理論に基づいた
森林再生方法を直轄事業として初めて導入。
森林環境への国民の要望が多様化し、多様な森林づくりを
国民が求めていることなどが背景。
「次世代へのメッセージ」第3回は、
「山と森、国土を治める新たな一歩を」
最初の予定地、呉市の国有林現地調査に同行した宮脇さんと
島田泰助同庁次長が、新しい「山づくり」の課題と哲学を語り合った。
--国有林の森林づくりに、宮脇さんの方式を導入する理由は?
島田次長:林野庁の山づくりは戦後、戦争で荒れた森林を復興、
木材不足の対応に、単層林型の杉、ヒノキ等の針葉樹による植林を中心。
この方式でなければ、1000万ヘクタール超の広大な人工林はできなかった。
近年、多様な森づくりを、という国民の声が強い。
宮脇先生の潜在自然植生を活用した植林方法は、大変優れた方法で、
何とか活用できないかと考えた。
宮脇さん:杉、ヒノキ、松も大事。
植生生態学の立場から、同時に広葉樹も植えてほしいと思ったが、
これまで機会がなかった。
今回、国有林におけるエコロジカルな森づくりにともに取り組み、
大変感動している。
国有林を守り育ててきたプロの林業技術に、
わずかでもエコロジカルな、植生生態学のノウハウを入れ、
国土保全と、1億2000万人のいのちと遺伝子とこころ、
文化を守る森づくりを進めてもらう試みに期待。
島田次長:杉、ヒノキを中心とした人工林は、
健全に育てれば公益的機能が高く、国土保全の役割も大きい。
住宅用材としても大変重要で、木造住宅用の資材供給に、
健全な人工林を作る政策はしっかりとやっていく。
一方で、若干針葉樹を植え過ぎた部分も。
風倒木地のような自然条件の厳しいところでは、
自然条件に合った多様な森づくりを進める。
広葉樹と針葉樹を混交させ、自然の形に近い森づくりは、
06年度に改定した森林・林業基本計画の中でも大きな柱の一つ。
広葉樹林のつくり方も、下刈りや除伐を行い、目的とする森林の姿に
誘導するなどの取り組みを行ってきた。
宮脇先生との試行は、全く新しいやり方。
条件の厳しい急斜面や風倒木地などでの効果を期待。
森林づくりの経験や技術も生かし、広葉樹を活用した
新しい森林づくりの方策を作り上げる。
宮脇さん:立地条件が合い、管理されて経済的にも対応できるなら、
日本の伝統的な建築材である杉、ヒノキ、カラマツも植える。
尾根筋や急斜面や水際など、風倒木の被害地などは、画一的でなく、
土地本来の深根性、直根性の根が充満した主木群の幼苗を中心に植える。
高木、亜高木、低木をセットに混植・密植すると、
周りには、林縁群落で、野鳥が運んできた花木、低木が帯状にできる。
被害地でも、今ある木は残し、土地本来の木、東北南部から以西の
標高800メートル付近まで、シイ、タブ、カシ類、それ以上の高地や
東北、北海道は、ミズナラやカエデ類、カシワなどの落葉広葉樹を植える。
国土の特性に応じた使い方に。
広葉樹は金にならないといわれるが、ドイツのように80年伐期、
120年伐期で製材すれば、高く売れる。
高木になったら切って、焼かずに建築材や家具に使う。
ヒノキなど、切ると植えなければならないが、
広葉樹は自然に後継樹が待っている。
--宮脇さん指導の方法で評価するところと課題を。
島田次長:評価する点は、内外で先生の実績が1600カ所超。
植栽後の森林管理費用。
植えるときは、従来より経費が相当にかかり増しになるが、
3年くらい管理すれば、下刈りから除伐、間伐という部分が、
将来にわたって軽減。
苗木の成長も極めていい。
広く事業化するには、トータルコスト等を更に検証。
モデル実施して、結果を広く共有していく。
課題は、森林整備として林野庁が事業的に取り組んだ例がない。
森林整備に長年携わってきたプロに、
「この方法は、管理の手間が非常に省けるうえ成長もよく、
山でも活用のできる合理的なシステムだ」ということを、
どうやって知り、納得してもらうか。
国有林の職員も、山づくりには自信を持っている。
プロの人たちを納得させるため、国有林のより厳しい条件の現場で
実験して結果を示す。
国有林で行う取り組みについて、民有林も含めて広く発信し、
多くの林業関係者に、多様な森林づくりの有効な方策として、
宮脇先生ご指導の「山づくり」が受け入れられるように。
個別の課題は地域によって違い、ひとつずつ対応していく。
宮脇さん:現場で議論し、体で理解し、課題を乗り越えてもらいたい。
黒衣になって、お手伝いさせていただく。
--広島を最初の試験場所に選んだ経緯は?
島田次長:モデル候補地として杉、ヒノキの森林づくりではない形での
再生が望ましい3カ所を、宮脇先生に相談。
東北地方の落葉広葉樹エリアの地すべり被災地と
火山噴火のガスで荒廃した三宅島の森林、広島の台風被災地。
立地などから、広島で始めてみる。
国有林は、国土の約2割を占めさまざまな条件の場所がある。
広島の成果を共有し、各地で着実に潜在自然植生を活用した
モデル的な取り組みを広めることができれば。
宮脇さん:クレメンツの遷移説では、自然に任せると、
本来の広葉樹の森になるには150年くらいかかるが、
土地本来の木を中心に根の充満した多種類の苗を植えれば、
十数年から数十年で限りなく自然に近い森に。
--国民とともに進める国有林管理ということで、次世代へのメッセージを。
島田次長:森林の問題は、国土保全、地球温暖化、生物多様性等の
問題とともに、林業という面からは地域の活性化にもつながる
国民の大きな関心事。
国有林では、従来、民有林に先駆けて、新しい技術の導入・定着に
積極的に取り組み、その成果が民有林に普及するよう努めてきた。
国有林の技術を生かしながら、国土の3分の2を占める森林を
活力あるものにするために、針葉樹、広葉樹それぞれの特性を生かし、
調和のとれた多様な山づくりを目指して、林野政に取り組んでいきたい。
宮脇さん:科学技術がどんなに発展しても、地球上に生きている限り、
人間は植物の寄生者の立場でしか生きていけない。
森の番人である林野庁、森林管理局、森林管理署、森林事務所の
皆さんと、現場を通しての協力関係ができることは、
私が今まで58年、今か今かと思ってきたことなので誠に感慨深い。
あなたとあなたの家族のため、日本のため、人類の未来のために、
いのちを守る哲学と現場での科学的な実証成果を基本に、
緑環境の総合科学である植生生態学と、伝統的な日本の森林づくりを
担ってきた林野庁のノウハウを一体にした、
新しい森林づくりのシステムを創造し、発信していただきたい。
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◇あすを植えよう いのちの森・My Mai Tree
土地本来の木(北海道、東北北部、山地ではミズナラ、ブナなど、
東北南部以西の標高800メートル付近まではシイ、タブ、カシ類)を
中心に多種類の苗木を、自治体などと開催する植樹祭で植える。
創刊135年記念事業として開始、06年から3年余で、
15道府県28カ所に約19万3000本を植えた。
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◇潜在自然植生
植生生態学の考え方で、人間が影響を加える直前までの「原植生」、
現在の「現存植生」とは別の第3の植生概念。
人為的干渉を停止した場合、その時点の自然環境が許容し得る
最も安定した群落。
自然保護や地域開発、国土計画で、単に元に戻すのではなく、
新しい緑環境を創造する、科学的な処方として利用できる。
◇荒廃地等における森林再生モデル
モデル事業候補地として、
(1)地滑り被災地、(2)火山性ガス被災地、
(3)台風による風倒被災地、の3タイプをリストアップ、
今年度は(3)で実施。
宮脇さんと、広島県呉市の野路山国有林で現地調査を実施。
島田次長はじめ国有林野部、近畿中国森林管理局、広島森林管理署、
広島県所管部の関係者らが参加。
現地は、瀬戸内海国立公園域内の標高約750メートル付近の
水源かん養保安林。
04年、台風でヒノキ林が多く倒木。
事業計画面積約1ヘクタール。
植林作業は、6月に宮脇さんの指導で実施。
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◇島田泰助
1953年神奈川県生まれ。東京大農学部卒。76年農林省入省。
84年から2年間、国連食糧農業機関(FAO)派遣(タイ駐在)。
林野庁国有林野部経営企画課長、九州森林管理局長、
同庁森林整備部長、同庁林政部長を経て08年7月から現職。
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◇宮脇昭
1928年岡山県生まれ。ドイツ国立植生図研究所で
潜在自然植生理論を学ぶ。アジア初の国際生態学会会長などを経て、
(財)地球環境戦略研究機関国際生態学センター長。
70年「植物と人間」で毎日出版文化賞、06年ブループラネット賞。
http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2009/05/10/20090510ddm010040041000c.html
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