2009年5月12日火曜日

再生医療を支える科学:/下 素材や細胞の品質「標準化」が不可欠

(毎日 5月5日)

◇日本大・堤定美特任教授に聞く

再生医療では、ES細胞やiPS細胞、体性幹細胞などを使い、
損傷した臓器や組織を作り出して治療する。
いずれの方法でも、重要なのは、細胞を移植する時に使う素材や
治療用細胞の「品質」。
狙い通りの細胞に分化するか、がん化などの悪影響を起こさないか--。
再生医療にかかわるすべての技術に、一定の品質が担保されなければ
臨床では使えない。「標準化」の取り組みは不可欠だ。

◆無駄省くためルール

標準化とは、放置すると多様化、無秩序化するものに、
一定のルールを設定して単純化、秩序化すること。
例えば、機械を組み立てるねじが、メーカーごとにねじ山の形が
バラバラだと使いづらく、無駄なコストがかかる。
そこで、形状にルールを作る。
このルールを「規格」「標準」という。

工業製品の標準化が「工業標準化」で、日本工業規格(JIS)、
米国試験材料協会(ASTM)規格など、各国は独自の工業規格を持つ。
「基礎から応用に進んだ研究を、さらに産業にするために必要なのが標準化。
優れた技術も、標準化なしに世界に普及させることはできない」

日本大の堤定美・特任教授(医工学)は、世界157カ国が参加する
国際標準化機構(ISO)で、専門委員会の日本代表委員長を務める。
ISOでの活動は、25年に及ぶ標準化の第一人者。

「国内の再生医療分野では、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
を中心に、移植用培養皮膚や角膜、心筋のシート、骨、軟骨などの
規格化が進んでいます」

再生医療分野に限らず、標準化に対する日本の取り組みは、
06年ごろから強化。
狙いは二つ。
新技術を国際標準に沿った形で産業化することと、
日本発の新技術を国際標準にすること。

背景には、市場のグローバル化がある。
世界で同品質の製品が求められ、国際規格に合えば市場は広がり、
規格外だとしぼむ。
自国の規格を国際規格にできれば、メリットはさらに大きい。
政府の知的財産戦略本部が同年まとめた「国際標準総合戦略」には、
「標準を制する者が市場を制する」

◆優れたものが勝者に

「その中で、再生医療の標準化はやや特殊。
従来、多くの国際規格は市場でシェアを取った製品が基に。
ビデオのVHS方式のように。
再生医療は、市場にまだ『勝者』がいない。
純粋に科学的に優れたもの、妥当なものを規格にする方向で
議論が進んでいる」

舞台となるISOは、傘下に200以上の専門委員会(TC)がある。
TC1はねじ、TC2はボルトやナット、TC229はナノテクノロジー。
再生医療にかかわるのは、TC150(外科用インプラント専門委)と
TC194(医療機器の生物学的安全性専門委)。

堤教授が参加するTC150には07年、日本の提案で
再生医療製品専門の分科委員会ができた。
現在、12カ国が参加し日本は、同分科委員会の幹事国を務め、
今年9月、京都でTC150全体の年次総会を開催。

「国際規格を決める際は、当然各国の利益がぶつかる。
その中で議論を主導できる幹事国は、非常に有利。
再生医療分野は、市場のシェアではなく、科学的根拠を積み上げて
議論することになり、幹細胞研究など日本の優れた技術で勝負ができる。
いい形ができている」

◆懸案は国内の連携

堤教授が抱く懸念は、国内の態勢にある。
JISに、再生医療関係の規格がない。
再生医療に使う素材や治療用細胞を薬剤として扱うか、
医療機器として扱うかが決まっていない。

「薬剤か機器か。その違いは非常に大きい。
ISOやJISで標準化できるのは、機器だけ。
薬剤だと、製品化には厚生労働省による医薬品承認の手続きを
経ないといけないが、その手続きは複雑で、ブラックボックス的なので、
情報の共有が進まない。
再生医療では、医療機器扱いで国際規格を作り、
技術をオープンにした方がいい。
ルールを作り、技術をビジネスに乗せてはじめて、
医療は多くの人に行き渡る」

標準化は企業、政府、研究者が連携して取り組む問題。
「企業は、再生医療にかかわる規格案をどんどん出してほしい。
政府には、それを支援する制度を、研究者は特許と同様に
標準化への意識を持ってほしい。
トータルで、日本の潜在力は非常に大きい」
==============
◇つつみ・さだみ

京都大工学部卒業。同大生体医療工学研究センター教授、
再生医科学研究所ナノ再生医工学研究センター長などを経て、
08年から名誉教授。現在、日本大特任教授、金沢工大客員教授。

http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2009/05/05/20090505ddm016040132000c.html

0 件のコメント: