2010年3月29日月曜日

怪しい「神経神話」と戦う脳科学者

(日経 2010-03-19)

脳を巡る怪しい研究成果や根拠の乏しい説、
いわゆる「神経神話」を撲滅していこうとする動き。

誤った知識が広まれば、脳科学全体の信頼を損ない、
学術の健全な発展や成果の社会還元に支障を来すとの
危機感が背景。

日立製作所の小泉英明フェローによると、
脳科学は誤解の生まれやすい分野。
人々の関心は高いが、分野横断的な研究が必要で、
簡単に実証できない問題が多い。

“脳科学者”と称する専門家が、「最近の研究からすると……」と
解説し始めれば、一般の聞き手は「そうなんだ」と、
たやすく受け入れてしまう素地がある。

経済協力開発機構が、2007年にまとめた報告書
「脳の理解:教育科学の誕生」には、定説のように扱われるが
根拠の乏しい神経神話に注意を払おうと、
特別に1章が設けられた。
この作成にかかわった小泉フェローは、
「脳の成果を発表するとき、研究者は慎重にならなければいけない」

◆神経神話の事例
1 脳に重要なすべては、3歳までに決まる
2 学習には最適な時期がある
3 私たちは脳の10%しか利用していない
4 右脳型の人と左脳型の人がいる
5 男性の脳と女性の脳は違っている
6 記憶力は改善できる
7 眠りながら学習できる
(経済協力開発機構の報告書より作成)

神経神話を語るとき、1960年前後のグルタミン酸ナトリウム騒動
よく引き合いに出される。
イヌの大脳皮質に注射し、興奮性の作用が見つかり、
情報伝達物質として注目された研究が、
「グルタミン酸ナトリウムを食べると、頭がよくなる」という迷信に発展。

グルタミン酸ナトリウムは、調味料「味の素」の主成分。
当時、ごはんにかけて食べる人も現れた。
もちろん科学的な根拠はない。

その後、神経毒として作用する可能性がある報告も出て、
流行は去った。
今では、これを食べても脳に届かないことが分かり、
ブーム再来はなさそう。

現在の脳科学ブームは、似た危うさをはらんでいる。
心理学実験で、集中力を高める効果が分かっているゲームを、
「脳が活性化する」とうたってみたり、栄養学で健康維持によいと
される食事を「脳によい」と言い飾ったり。
消費者の関心を引き寄せるために、脳科学が乱用。

自然科学の研究者は通常、専門の討論の場以外で、
研究に関する批判や評価はしてこなかった。
場合によっては、特定の研究者を非難せざるを得なくなり、
「研究に関係のない発言は慎むべきだ」という“美徳”を
尊重するこれまでの学界なら、
神経神話も黙殺するだけにとどまったかもしれない。

最近、日本神経科学学会が拡大解釈した情報発信に
注意を促したり、脳ブームに警鐘を鳴らす出版物が
相次いで登場したりと、見過ごしておけないと主張する
研究者が増え始めている。

その要因は、脳科学全体があやしい研究分野と
思われ始めている状況を、社会に感じ取ったからだろう。
科学・技術が、社会と密接につながる現代では、
専門家の意見はいろいろな局面で重要な指針になる。

健全な議論は大いに歓迎すべきで、今後の研究者の
意識改革が成否を左右する。
市民も、興味本位で見聞きするのではなく、
ともに考える理屈っぽさが必要。

http://netplus.nikkei.co.jp/ssbiz/techno/tec100317.html

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