(日経エコロミー 2007年6月4日)
都会のサラリーマンは、1年に数カ月、田舎へ「参勤交代」すべき。
東大名誉教授の養老孟司氏は、自然と共生するために、
どのくらいの成長が適当なのかという感覚を、
自然のなかで体で実感することが大事だと説く。
環境問題の根本は、人の脳の仕組みにあるとする養老氏に、
「エコの壁」を超える方策を聞いた。
――環境問題は、部分最適ではダメだと主張。
環境問題を、生物で例えるとわかりやすい。
生物は、細胞1つ1つが複雑に絡まり合って、
数万の化学物質が集まって、1つのシステムを構成。
外からエネルギーを取り込んで、自分自身を再生産。
それが生きているということ。社会も同じだ。
1つの細胞を動かして、全体がなんとかなるかというと、
そうはいかない。
だから、僕は薬を飲まない。
根本的にはシステム問題だから、対処療法ではだめ。
本当に大切なのは、生き物と同じように、
環境問題もちゃんとそのシステムを理解すること。
残念ながら、全体を把握するための学問は存在しない。
人間が陥りがちな、「ああすれば、こうなる」式の思考は、
限られた条件の実験室のなかでは成り立つが、
自然を相手にした複雑系の世界には当てはまらない。
「あちらを立てれば、こちらが立たない」ということばかり。
単線的に考えて、局所最適を追求しても意味がない。
ホリエモンもそういった人物のいい例。
株価総額という、単純なことを目指して徹底的に追求していく、
というのは得意。
社会全体からみて、自分のやっていることが役に立っているのか、
ということの判断ができない。
全体から考えるのは面倒だからと、思考を止めてしまう。
――どうすれば理解できるようになるか?
文明は、秩序を維持するということ。
地球全体で考えた場合、文明社会は秩序を一方的に
維持することはできない。
熱力学の第2法則、「エントロピーは増大する」という法則通り、
「秩序は、同量の無秩序をどこかに作る」ことに。
部屋を掃除することを考えてみてほしい。
床の上が汚れているということは、床の上に無秩序に、
ランダムにゴミがちらばっている。
掃除すれば当然、床の秩序は高くなる。
掃除したことで、「世界全体の秩序が増したことになるのか」
掃除機の中も視野に入れると、秩序は増していない。
掃除機を使うには、エネルギーを消費する。
エネルギーを使うということを物理的に説明すると、
高分子を低分子に変換していること、きちんと並んだ分子が
勝手に動き出すことを意味。
そこに、無秩序が生まれる。
部屋を秩序立てて片付けたように見えても、
世界の無秩序を増やしているということ。
掃除機にたまったごみを捨て、最後に燃やす。
ランダムに運動する分子がさらに増えて、空気が温まる。
温暖化につながる。
その関係に、普通は気づかないのだが、掃除をすれば
温暖化につながっているとも言える。
秩序のかたまりである都会で生活していると、
秩序だけの世界を実現できると思い込むが、そうではない。
――目の前が片付いたということだけを見ていてはわからない。
悪いことに、われわれの意識というのは、秩序的にしか働かない。
無秩序的に考える、ということはできない。
無秩序にしゃべることはできない。
五十音をランダムに言ったり、まったくランダムな数字を
言ったりすることができない。
意識は、秩序そのものだとわかる。
意識がある間中、脳は無秩序をどこかに発信しているはず。
ごみの掃除と一緒で、脳の中に無秩序はどんどんたまる。
人間は、夜になると意識がなくなる。
眠るというのは、脳のなかにたまったエントロピーを片付ける、
脳の無秩序を元へ戻すという作業。
――眠っている間、脳は休んでいないのか?
働いている。
わかりやすい比喩は、図書館だ。
朝、客が入って、昼間にたくさん本が読まれると、
最後は本棚が空になって、机の上に本が散らばる。
夕方に閉館すると、司書たちが元の本棚の位置に本を戻す。
朝と同じ状態まで本を戻せば、また図書館を開けられる。
脳も、同じようにしているから、目を覚ますことができる。
寝ているとき、脳は休んでいると思われているが、
実は休んでいない。
脳の中の無秩序を片付けている時間なのだ。
この脳の働きを裏付けている最大の証拠は、
寝ていても起きていても、脳が使っているエネルギー量は変わらない。
脳の中にたまった無秩序は、寝れば元に戻る。
人間は起きているあいだ、頭を働かせて
「脳の外の世界に」秩序を作る。
文明や都市は、こういった意識の結果なのだ。
脳の外に作られた秩序の反動で、世界のどこかにたまった無秩序は、
寝ても元に戻るはずがない。
文明や都市の秩序が増えるほど、エントロピーがどんどん増えていく。
その典型が炭酸ガス、温暖化問題だ。
――エントロピー増大を抑える方法は?
われわれが、タダでたくさん手に入れることができている
エネルギーがある。太陽だ。
植物は、それを上手に使って生産。
経済成長が大事だというが、植物は黙っていたってずっと成長。
一番効率のいい太陽エネルギーの変換の仕組み。
生物は、これに依存して生きてきた。
この仕組みの全体を、生態系。
人間の社会システムも、そこに組み込まれざるを得ない。
経済の成長至上主義は、おかしい。
植物は放っておいても、社会システム全体に負担をかけず成長。
どれだけの成長が適切なのか。
「ほどほどの成長」というバランスが、自然に取れている。
エネルギーを使えば、社会の秩序が上がり、
必ず自然界に無秩序を生み出す。
無秩序を減らすには、秩序を減らすしかない。
自然界をありのままに任せる、ということが必要。
人間は、それでは納得しない。
行くところまで行って、ぶっ倒れる。
石油も同じで、なくなるところまで使い切る。
もっと植物を見習えといいたい。
――日本は、自然と共生できる社会に戻ることが可能か?
日本は本来、世界中でもっとも有利な国。
最も重要な資源、水がとても豊かにある、自給自足しやすい国。
本気で日本が食糧生産を始めたら、十分食べていける。
石油をたくさん使わなくても、社会を回していける知恵を
本来持っていることを、もっと見つめなおす時期。
江戸時代が典型的だが、モノがうまくシステムのなかで
循環していれば良い。
それが持続可能性ということ。
今は、江戸時代に比べ、人口が多すぎる。
自然環境を、できるだけ破壊しないで人口を維持するには、
相当な無理が出ても当然。
自然との調和を考えれば、人口は減らざるを得ない。
現に減っている。本能的に、みんなわかっている。
――養老さんは、著書で「サラリーマンは参勤交代せよ」と。
このままの社会が続くわけがない、と理解することが大切。
都会に住んでいては、生態系とバランスの取れた
「ほどほどの成長」がどういうことか、実感としてわからない。
私は、1年に何カ月か田舎で生活を送る「参勤交代」を、
強制的にすればいいと思っている。
都会にいると、冷暖房完備で、歩くところはどこも平らで硬い地面。
階段のピッチも決まっている。
銀座に石が落ちていて、つまづいて転んで怪我したら、
東京都を訴える人もいるだろう。
山の中で虫を取っていて転んだら、転んだ方が悪い。
「ああすれば、こうなる」とはいかないことがよくわかる。
田舎に行くと、山道や田んぼのあぜ道など地面は複雑ですべて違う。
歩くだけでも、そのつど頭を使っている。
都会は面倒だから、頭を使わないで歩けるようにした。
それでは、人間が鍛えられず、劣化するとしてもやむをえない。
――田舎暮らしに慣れることができない人もいそう。
人間は、自然から発生してきたんだから、
自然は気持ちいいと必ず感じるはず。
田舎暮らしがいやで、週末にゴルフに行っているとしたらおかしい。
アメリカに面白い小噺がある。
ビジネスマンが成功して重役になり、休暇をとって南の島のビーチで
のんびり昼寝をしている。
島の若者が、周りでうろうろしている。
そのビジネスマンは、彼らに向かって説教を始めた。
ビジネスマン:「お前らもちゃんと働かないとだめだ」
島民:「働いたらどうなりますか」
ビジネスマン:「俺みたいにそのうち成功して、
最後には休暇とってこういうところで休んで・・・」
島民:「俺たち最初から休んでる・・・」
――個人や経済至上主義社会にも、「エコの壁」がある。
みんなが自然に気がついていることばかり。
こういう世界が長続きしないのは、
日本人の8割が本当はわかっている。
数年前、自分たちが生きている時代より、子供たちの方が
悪い時代を生きる、と答えた人が8割いた。
現在のような状況が続かないだろう、ということは気づいている。
日本の国民は、民度が高い。
「変わらなきゃ」という認識は強い。
http://eco.nikkei.co.jp/interview/article.aspx?id=MMECp1022029052007&page=3
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