(日経エコノミー)
◆養老孟司
東大医学部解剖学教室教授を務め、95年退官。
「唯脳論」、「バカの壁」など著書多数。
昆虫好きの自然派で環境問題に造詣が深い。
政府の環境関連委員も歴任。
環境問題は、なぜ理解しにくいのか?
国際的な政治のテーマとなった温暖化対策で、
日本はどうして存在感を示せないのか?
東大名誉教授の養老孟司氏は、
「環境問題を世界全体のシステムで考えるべきだ」と主張。
石油に依存した米国社会、日本での都会暮らしが失わせる
人間性など、環境問題への見えない壁の数々。
「バカの壁」ならぬ、「エコの壁」を乗り越えるヒントを、
養老氏に聞いた。
――環境問題はなぜ理解しにくいのか?
環境問題は、システムの問題だから。
社会システム全体を考えないとだめ。
部分的に解決しようとしてもうまくいかないから、
環境保護の推進派もその反対の人も、時々ヒステリックに反応。
問題点が集約されているのが、地球温暖化問題。
日本の炭酸ガスの排出量は、世界の総量のわずか数%。
日本人がまったく出さなくても、数%しか改善されない。
改善に効果を見込める米国、中国の2つは、
京都議定書に参加していない。
日本では、温暖化問題は精神運動に終わるしかない。
国民1人あたりの排出量は、確かに多い。
1人当たりの排出量を大幅に削ることは、日本人ならば十分できる。
日本の省エネは、かなり限度に近づいている。
いまでも非常に効率がいい社会。
これをさらに進めるのは、コストが高くついてしまう、
ということをどう考えるのか。
「環境が商売になる」とも。
あるところまではなるが、あるところから先は難しい。
原発があるじゃないかという議論。
廃棄物処理問題など、さまざまな環境への影響があり、
安全対策の問題も。
「原発だけで、原発を作れるか」という問題も。
大型トラックが動かない状況で、原発は作れない。
全体として採算が合っているかというと、ちゃんと計算できない。
システム全体としてみた場合、
どのくらい社会全体の利益になるかがわからない。
社会は、システム全体が絡み合っているから、
ごまかしながら上手に動かしていけている。
環境問題は、非常にやっかいな問題だということがわかる。
――「できることから始めよう」ではダメ?
環境に配慮した生活を送ることも大切。
しかし、それは生き方の問題。
一人ひとりがどれだけがんばっても、
社会システムにはあまり関係ない。
そこをはっきり言わないと、かえって悪い影響がある。
――アメリカも、環境問題に積極的になってきているが。
アル・ゴア「不都合な真実」は、一番大事なことを隠している。
炭酸ガスの温暖化問題は、アメリカ文明そのものの問題。
そこを言っていない。
彼は、環境問題は倫理問題だというが、石油に依存してきた
アメリカ文明そのものが倫理問題に引っかかる。
20世紀に入って、テキサスから大量に石油が出た。
石炭に替え、石油の可能性をいち早く利用したのがアメリカ。
フォードが大衆車を世に出したのは、そのすぐあと。
アメリカの本質は、自動車文明ではなく、石油文明。
アメリカが主導してきた自由経済と呼ばれる
グローバルシステムには、1つ制限がかかっている。
その暗黙の制限は、「原油価格一定」ということ。
同じ価格で無限に原油が供給されるという前提の上に、
米経済は成り立っている。
米国産の石油が足りなくなったから、
アメリカは世界中から石油を探した。
アメリカが石油に敏感なのは、原油価格が上がれば、
米経済を直撃する。
石油供給に関する安全保障を、徹底的に考えてきている。
――エネルギーに依存した便利な生活の方向転換は大変。
文明とは、「生活を便利にすること」だと思われている。
それは表層的な理解にすぎない。
本質的には、文明は「秩序の維持」なのだ。
現代文明は、社会秩序を保つために、石油を使っている。
部屋の温度は、自然に任せていると勝手に変化する。
一定の秩序を保たせるため、冷暖房を入れる。
その仕組みを維持しているのが、石油エネルギー。
電車が時間通りに来るのも、石油が足りなくなれば、
あっという間に不可能。
古代にも文明はあったが、このとき使える資源は
石や木材しかなかった。
秩序を維持するため、彼らは何をやったかというと、
むしろ人間を訓練した。
そうする中で、「偉い人」が生まれた。
石油文明は、人間を訓練しない。
だから、マニュアル主義となる。
根本的には、エネルギーが秩序を支えてくれる。
人間は役に立たないという前提で、
それでも社会が成り立つようにシステムができている。
その結果、何が起きたか?
人間の質が劣化したのだ。
「なぜ日本人は劣化したか」という最近の本。
面白いことに、「なぜ劣化したか」はひとことも書いない。
劣化したのは、実は本来人間がやるべきことを
石油にやらせているのが理由だった。
昔は、「努力・辛抱・根性」という言葉があった。
よりよい生活をするためではなく、根本的には、
社会秩序を維持するためにこそ「努力・辛抱・根性」は必要。
それを消しちゃった。
それでも秩序が保てるのは、エネルギーを大量に使っているから。
この仕組みを維持できなくなってきた。
それが、地球温暖化と石油埋蔵量問題。
米国は、京都議定書に入らなかった。
日本は、大変なコストをかけて議定書を守るだけでは、
国際競争上、大損をすることに。
日本がいくら節約したところで、温暖化にはほとんど関係ない。
残念ながら、石油はなくなる。
短い計算では、あと40年。
石油がなくなるとき、日本はどうするのか?
シミュレーションをやってみるべきだろう。
わかっていても、手を打てない。
「死の壁」でも書いたように、「あなたは死にますよ」と言われても、
本気で死ぬことについて考えることは難しい。
それぐらい、人間はバカで、そこに大きな壁がある。
――これからポスト京都議定書に向けた駆け引きが本格化。
日本政府が掲げる「2050年に炭酸ガス半減」という目標は、
日本だけでやるなら、十分に可能な数字。
温暖化防止を本気で考えるなら、アメリカ、中国が
コミットしなければ、もはや意味がない。
大切なのは、相手の土俵に乗らないということ。
「不都合な真実」は、確かに温暖化の危機を提示した。
米国が今回も正しい、というところから始めるのは得策ではない。
アメリカには、「脱石油社会は、あなた方の問題でしょう」と問い、
中国には、「温暖化で困るのはあなた方でしょう」と説得すべき。
私のように、とことんラディカルに考えておかないと負けてしまう。
日本は、もともと石油無しで文明を作ってきた歴史がある国。
人間をいかに訓練しないといけないか、もわかっていた。
「モッタイナイ」という言葉もそうだが、
新しい社会のモデルは実は日本にこそある。
――地理的に近い中国は運命共同体でも。
越境汚染など、問題は一国にとどまらない。
中国の植林などの支援は、徹底的にやるべき。
利害は一致しているはずだ。
http://eco.nikkei.co.jp/interview/article.aspx?id=MMECi3028029052007&page=1
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