2010年8月11日水曜日

ロシアのスポーツ政策

(sfen)

◆ロシアのスポーツ環境の特徴

1992年ソビエト崩壊後、ロシアは政党結社の自由を認め、
法整備を進めるなど、民主的な政治体制に移行。
特に、スポーツは国威高揚の重要政策と位置付けられ、
国際競技力の維持のため、スポーツ法の制定がすばやく着手。

ロシアは、一貫してスポーツの普及と強化を国策としてきた。
世界で初めて、スポーツを国家の管理下に置き、
国際競技力の強化に励み、優れた競技者を日常の労働から解放し、
スポーツの強化に専念できる環境を整えた。

全国から英才を集め、訓練した。
優秀な競技者とコーチには、名誉称号と報償金を与え、
国民的英雄として生涯を通じて厚く処遇した。

ソビエト期ロシアでは、法整備を行わず、国家スポーツ制度の
整備によって、スポーツの管理と普及を図った。

◆ロシアにおけるスポーツ基本法制定の背景

1917年ロシア革命後、1922年ソビエトが結成。
スポーツは、労働者大衆の余暇活動、社会保障の権利に内包され、
1930年スポーツの中央集権管理体制を築いた。

1928年より実施されていた第1次国家五カ年計画遂行のため、
過酷な労働に駆り立てられた労働者の余暇と
職場のチームワークの強化を目的として、
スポーツの普及が図られた。

1936年12月5日、ソビエト憲法が制定、
労働者の休息の権利、社会保障の権利が明記され、
休息時のスポーツ活動が保障された。
同年6月21日、ソ連邦人民委員会議付属体育・スポーツ委員会を設置。

1937年、全ソ連邦統一スポーツ等級制度を制定、
スポーツマスター称号と授与規定を制定、競技者管理の基盤とした。
1992年、ソビエトが崩壊するまで、
「国家体育・スポーツ委員会規則」がスポーツ法としての役割。

1986年、国家体育・スポーツ委員会機構改革後、
スポーツ法の制定に着手。
グラスノスチ(公開)政策の下、すべての法案は官報で公開、
公開審議を受けた。

1990年7月20日、スポーツ法案は公開、
1992年7月11日、議会を通過。

◆ロシアのスポーツ法

ロシアスポーツ法は、30項から成る成文法。
「ロシアにおける体育、スポーツ、観光、軍事技術スポーツ、
民族スポーツ、遊戯を調整する権限を持った法規」と規定。
このスポーツ法の下、国民のスポーツ権が保障された。

同法は、1条から3条で国民のスポーツ活動、結社、
競技会参加を権利として明記。
国民は、健康維持の義務を負い、親・後見人は
子供の発育・健康の保障を義務付けられた。
スポーツの目的を、競技力の強化よりも発育・健康に置いた。

(1)スポーツ権

第2条「スポーツに関する国民の権利」は、
「ロシア国民は体育・スポーツに従事し、体育・健康維持・スポーツの
組織に加わり、国内の体育・スポーツ事業に参加する権利を有する」
同法は、国民のスポーツ権について、
「この国民の権利を保護する法を学術的に研究し、
体育・スポーツに規則的に従事するよう奨励する」、
国民のスポーツ権を認めた。

(2)スポーツの普及

第3条「体育に対する国民の義務」で、
「ロシア国民は、身体面・精神面が改善された状況の下でも、
自身の健康の維持に努める義務を負っている。
両親、後見人、世話人、代理人は、子供の全面的な身体の発育と
健康に配慮し、体育・スポーツ活動に不可欠な条件を整え、
健康的な生活様式の模範を示さなければならない」

(3)国家のスポーツに対する権能

第4条「体育・スポーツに関するロシア構成共和国並びに
自冶共和国の権限」で、「ロシア構成共和国並びに自冶共和国は
体育・スポーツの発展を自主的、充分に広い範囲で実施する。
構成共和国と自冶共和国は、地方評議会の人民代議員に
体育・スポーツに関する権能を与えている」として、
ロシアを構成する連邦共和国と自冶共和国議会に
体育・スポーツの監督権を委ね、スポーツ行政の地方自冶権を
認めることで、スポーツ行政の民主化を法制化した。

(4)スポーツ施設の整備

第14条「体育、健康、スポーツ施設」では、
「住宅地区で新たな体育、健康、スポーツ施設の建設が
行われない限り、現存する施設の解体を認めない」
「人数に応じて整備すべき体育、健康、スポーツ施設を
所有しない企業、共同組合企業、公共企業へは追徴金を課す」

既存の施設の解体は、新たな体育・スポーツ施設の建設が
実施されない間は認めない、として施設数の現状維持を法に定めた。
企業に対して、従業員人数に合わせスポーツ施設を保有することを
義務付け、犯した企業には罰則を定めた。
国民のスポーツ施設の維持と管理を、企業の義務とする
画期的な法制化を行った。
スポーツ施設の維持と建設、管理に企業への財政支出を
法的に義務付けた。

(5)地域スポーツの財政確保

第12条「体育・スポーツの財政」で、「地方人民代議員評議会の
体育の発展と健康教育の予算は、タバコ製品とアルコール飲料
販売の約6%の収益からなる」、
たばこ・アルコール企業に、体育とスポーツ振興のための
特別税を課した。

(6)プロスポーツ

第28条「プロスポーツ事業」は、「ロシア国民は、報酬を受ける
プロスポーツに従事する権利を有する」と定め、
スポーツ興行から利益を得ることを認めた。

(7)競技者の権利と保護

第27条「国家体育・スポーツ機関と社会的連盟、
スポーツクラブ、スポーツ基地は、スポーツマンの競技会の準備と
参加費用に関する財政的損失を緊急の財政保障によって補助する」、
競技者の練習、競技会参加費は国家機関、スポーツクラブが
援助することを定めた。
「ロシア閣僚会議は、スポーツマンに与えられる年金額を定める」、
スポーツマンの国家年金を設置し、競技者の老後の生活を保障。

(8)競技者の収賄、ドーピング

第29条「スポーツにおける金銭受領の禁止」によって
法的に禁止し、処罰の対象とした。

◆ロシアスポーツ法の特徴

ロシアスポーツ法は、国民のスポーツ権の保証、
地域スポーツ行政の権限強化、スポーツ施設整備の法制化、
スポーツ税に立脚した財政の確立、ドーピング違反に対する
実刑導入による不正の追放などの斬新な内容。

最も重要なことは、ロシアスポーツ法が国民による公開審査を受け、
2度に渡り、草案が修正され、国会で承認された点。

スポーツ法制定のプロセスの公開こそが、
ロシアスポーツ界の民主化の象徴となった。

ロシアスポーツ法制定のプロセスから日本が学ぶべきことは、
「法案作成の公開審議」、「制定過程の透明化」の2点。

◆里見悦郎

モスクワ大学留学、国際キリスト大学大学院、東海大学大学院に学ぶ。
国際競技団体事務局勤務、アジア競技会、オリンピック、
世界陸上等国際競技会運営に従事。
専門は、ロシアスポーツ行財政、スポーツ医療行政。
武蔵野美術大学講師、小田切病院診療部長。教育学博士。

http://www.ssf.or.jp/sfen/sports/sports_vol8-1.html

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