2010年8月10日火曜日

カナダのスポーツ政策

(sfen)

◆連邦政府のスポーツ分野への関与(~1990年代)

カナダ連邦政府が、スポーツ分野へ積極的に関与するように
なったのは、1961年、「フィットネス・アマチュアスポーツ法」制定から。
同法成立の背景には、カナダ人の健康・体力水準の低下、
国技であるアイスホッケーの世界選手権などでの不振、
五輪・英連邦競技大会でのカナダ人選手・チームの不振など。

同法に基づき、健康づくり分野とアマチュアスポーツ分野に
連邦政府から一会計年度中500万ドルまで支出され、
中央スポーツ組織(NSOs)他への補助金交付、
州政府の実施する関連プログラムについての
「連邦・州間費用分担協定」などにおいて、資金活用が図られた。

初期の連邦政府の関与で、カナダは国際競技大会での成功を
収めることも、同協定による効果的な資金分配も
果たすことができなかった。

カナダは、国家として「ケベック問題 ※」を内包
1960年代、問題が顕在化し、1968年の国政選挙期間中、
「国民統合」論争が活発化。
当時のP・トルドー首相は、「スポーツによる国民統合」について言及、
その問題に関する特別調査委員会の設置を命じた。

連邦政府は、1969年同委員会の報告を踏まえ、
幾つかの独立スポーツ機関(arm's length sport agencies)を創設
同法の趣旨を維持しつつも、カナダのスポーツ基盤への支援に
その役割の舵を切るようになった。

1976年五輪、1978年英連邦競技大会の自国開催を機に、
連邦政府の関与はさらに高まり、それらを指揮監督するため、
1976年からフィットネス・アマチュアスポーツ担当国務大臣
(初代:I・カンパニョーロ)設置。

1980年代初頭、女性・障がい者対象プログラムへの支援、
二言語主義などがスポーツ制度の基本要素として導入、
1990年代初頭、連邦予算抑制の中、NSOs他への補助金も縮減、
結果として、連邦政府のプライオリティは競技スポーツの支援へと移行。

※ケベック州のフランス系カナダ人が求めている
カナダ連邦政府からの分離・独立をめぐる問題。
カナダの国家としてのアイデンティティの根源とも言えるが、
1995年、独立について2度目の州民投票が実施
(賛成49.4%、反対50.6%という僅差で否決)、
同国のみならず、北米地域においても重要な問題。

◆スポーツ政策の現状

今日のカナダのスポーツ政策は、2002年、
「The Canadian Sport Policy」に基づき展開、
2012年までに達成すべき4つの政策目標
(スポーツ参加の向上、国際競技力の向上、潜在能力の向上、
相互作用の向上)が掲げられている。

原点は、「カナダ民族遺産に関する下院常任委員会・
スポーツ調査小委員会」がまとめた「ミルズ報告」(1998年)。
同報告では、スポーツ政策に対する69項目の勧告。

D・コデール(アマチュアスポーツ担当政務官)が中心、
2000年、カナダのスポーツ政策開発を目的として、
「汎カナダスポーツ協議プロセス」が開始、
国内6カ所の地域会議、連邦・州・準州政府スポーツ担当大臣会議、
全国スポーツサミット(議長:カナダ首相)などのプロセスを経て、
同政策の策定に至った。

その特徴は、
①14の政府が政策ビジョン・目標を共有、
②政策開発にスポーツ組織、スポーツ産業などの利害関係者が関与、
③目標設定や意思疎通において、政府とスポーツ関係機関の
 代表者との協同を約束。
 「FROM POLICY TO ACTION」と書かれているように、
④同政策だけで目標達成を図るのではなく、
 補完的な行動計画(Action Plan)策定の必要性を指摘、
 「The F-P/T Priorities for Collaborative Action」、
 「The Sport Excellence Strategy」など多くの行動計画が策定。

◆カナダのスポーツ政策関係年表(主要事項)

1997年11月24日
● カナダ民族遺産に関する下院常任委員会・スポーツ調査小委員会
※委員長:D・ミルズ下院議員、副委員長:D・コデール下院議員
※1998年11月24日までに計23回の公聴会(41参考人)
※スポーツ組織への質問調査(109団体から返答)

1998年12月
● 「ミルズ報告」(SPORT IN CANADA: Leadership, Partnership and Accountability)

2000年 1月
● 汎カナダスポーツ協議プロセスの開始
※6カ所の地域会議

2001年4月26日
● 連邦・州・準州政府スポーツ担当大臣会議
4月27日
● 全国スポーツサミット(オタワ) ~28日
8月10日
● 連邦・州・準州スポーツ担当大臣会議「ロンドン宣言」

2002年4月10日
● 身体活動・スポーツ法案上程 ※下院第一読会
5月24日
● The Canadian Sport Policy
● Canadian Strategy for Ethical Conduct in Sport
● The F-P/T Priorities for Collaborative Action 2002-2005(PDF)

2003年3月19日
● 「身体活動・スポーツ法」成立

2004年 2月
● 2010バンクーバーオリンピック・パラリンピック対策会議(カルガリー)
6月
● The Canadian Policy Against Doping in Sport

2005年 5月
● Sport Canada's Policy on Aboriginal Peoples' Participation in Sport
8月
● SPORT EXCELLENCE STRATEGY(PDF)(国際競技力向上戦略)

2006年
● Podium Canada創設
※Own the Podium(OTP:2010バンクーバー対策)
※Road to Excellence(RTE:2012ロンドン対策)
● Policy on Sport for Persons With a Disability

2007年
● The F-P/T Priorities for Collaborative Action 2007-2012(PDF)

2008年
● The Federal Policy for Hosting International Sport Events
● Sport Canada's Anti-Doping Sanctions(PDF)

2009年
● Actively Engaged: A Policy on Sport for Women and Girls: Action Plan 2009-2012
● Athlete Assistance Program: Policies and Procedures(PDF)

2010年 2月
● バンクーバーオリンピック・パラリンピック冬季競技大会

◆カナダのスポーツ法

カナダ連邦政府のスポーツ政策の根拠法は、
2003年、「身体活動・スポーツ法」。
同法は、今日のカナダのスポーツ界における諸問題を解決するため、
フィットネス・アマチュアスポーツ法を現代化したもの。

身体活動・スポーツ法は、前文及び全40条からなり、
第9~36条の28条が、「カナダスポーツ紛争解決センター」に係る条項、
同センターの設置法かの印象を与えるが、それ以外の各条項を見ると、
新しい「目的・権限」が盛り込まれるなど、
前法の規定よりも詳細かつ範囲拡大された規定。

カナダ連邦政府のスポーツ政策についての方針・役割を前法以上に
明確にしていること、現代スポーツを巡る新たなスポーツ問題
(スポーツ紛争、スポーツ機会の平等)に対応するための法律であること、
身体活動及びスポーツを通じて、カナダの抱える二言語主義の尊重や
社会的結合の実現を図ろうとしていることなどが特徴。

政策と法の関連では、内容上からも、身体活動・スポーツ法案が、
「The Canadian Sport Policy」公表の直前に議会(下院)に上程、
政策先行型("政策在りき")での法制定。

◆スポーツ所管省庁・担当部局

カナダ連邦政府のスポーツ担当部局は、「Sport Canada」
(スポーツカナダ:カナダ民族遺産省スポーツ局)で、
州・準州政府には、それぞれスポーツ関連省庁が存在。

スポーツカナダは、「カナダ人のスポーツ参加の促進」、
「国際競技力の向上」を主たる任務とし、補助金などの交付による
つながりで、スポーツシステム(Canadian Sport System)を構築、
その中心において積極的なイニシアチブをとっている。

具体的な取り組みとして、「スポーツ資金提供プログラム」と
「特別施策」の2本柱、前者において、
「競技者支援プログラム(AAP)」、
「スポーツ援助プログラム(SSP)」、
「主催プログラム(HP)」、
後者においては、「長期競技者養成プログラム(LTAD)」、
「ポウディアム・カナダ」などの事業が展開。

スポーツカナダの05~06年度予算は、1億4000万カナダドル
(当時のレート換算:約117億円)。

スポーツカナダ組織図
http://www.ssf.or.jp/sfen/sports/pdf/canada.pdf

◆まとめ ~日本への示唆~

カナダのスポーツ政策の特徴を、
“日本のスポーツ政策への示唆”という観点で要約。

(1)国家としてのスポーツの位置づけ・役割が明確化

カナダはケベック問題とともに、多民族国家、多文化主義の実現
という課題も抱え、国民統合や社会的結合を図るうえで
スポーツ、特にオリンピックなどの国際競技大会での
カナダの成功に、国家として価値を見出している。

(2)現在のスポーツ政策がボトムアップにより開発

「ミルズ報告」をまとめる段階で、多くの関係者・機関から
情報を収集することで、カナダのスポーツ分野における
問題点を抽出し、それらを解決するための政策案を、
「汎カナダスポーツ協議プロセス」に基づき、地域会議から
全国スポーツサミットに至る各段階ではかり、
意見集約と合意を得ながらボトムアップし、
「The Canadian Sport Policy」を作成、
その政策の実現を図るべく、新しいスポーツ法を制定。

(3)スポーツカナダを中心とした機能的な体制が形成

「Canadian Sport System」は、スポーツカナダをその中心とし、
NSOs、MSOs(複合スポーツサービス組織)、
CSCs(カナダスポーツセンター)、13の州・準州政府他で構成、
パートナーシップを前提にしつつ、補助金などを通じて
スポーツカナダによるコントロールとイニシアチブが機能。

(4)スポーツ政策実現のための行動計画が綿密に策定

スポーツ政策(Policy)を実現(補完)するための行動計画
(Action Plan、Strategic Plan)が綿密に策定。

(5)スポーツ政策における原理・原則を尊重

カナダは国家として、二言語主義や多文化主義の尊重、
先住民の権利保障、説明責任の遵守など、1988年ソウル五輪における
ベン・ジョンソン選手のドーピング違反に関する調査委員会報告
(Dubin Inquiry)以後、スポーツにおける倫理(公正、反ドーピング、
ハラスメント・虐待の防止など)も原理・原則のスタンダードとなり、
政策などに反映。

◆出雲輝彦

東京成徳大学応用心理学部健康・スポーツ心理学科教授。
埼玉女子短期大学他非常勤講師、
財団法人杉並区スポーツ振興財団体育専門調査員を経て現職。
日本体育・スポーツ政策学会理事、
関東学生テニス連盟部長監督会理事。
カナダ政府2006-2007 FRP Award受賞、
共編著「スポーツ政策の現代的課題」日本評論社。

http://www.ssf.or.jp/sfen/sports/sports_vol7-1.html

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