2008年6月16日月曜日

iPS細胞・研究最前線:/下 将来の臨床応用へ、続く試行錯誤

(毎日 6月8日)

人工多能性幹細胞(iPS細胞)からさまざまな細胞を作り、
病気の治療に利用する。
現在、描かれている再生医療のビジョンを現実化しようとした場合、
どんなハードルがあるのか?

研究者たちは細胞の実像を探る基礎研究に加え、
将来の臨床応用を視野に入れた試行錯誤も。
一方で、iPS細胞を人類共有の資産とするため、
国際的な協力体制をつくるための議論も始まった。

◆iPSバンクの必要性

京都で開かれたiPS細胞国際シンポジウム。
山中伸弥・京都大教授は、「iPS細胞バンク」設立の必要性を語った。

バンクは、多くの人から提供されたiPS細胞そのものと、
そこから分化させた各種の細胞を集め、保管しておくもの。
本来、iPS細胞は病気やけがをした患者自身の細胞から作ることで、
拒絶反応を避けた再生医療につなげる。

実際には、そんな手順を踏めないケースも多い。
例えば、交通事故などによる脊髄損傷は、
けがをしてから9日目ごろに、神経細胞のもとになる
神経幹細胞を移植しなければ、症状の回復が見込めない。
本人のiPS細胞を作成するには、数カ月かかってしまう。

◆50種類で9割カバー

iPS細胞バンクの具体像を示したのが、京都大の中辻憲夫教授。
日本人に多い白血球の型(HLA)を分析し、
「50種類のHLAのiPS細胞を用意すれば、
日本人の9割で拒絶反応をほぼ回避か、大幅に軽減できる」。

拒絶反応の有無や強さは、移植した細胞や臓器と、
患者の体のHLAが適合するかで決まる。
中辻教授と東京大の徳永勝士教授らは、
拒絶反応の強さにかかわる三つのHLA遺伝子に着目。

国内の臍帯血バンクのデータから、
日本人に多い3遺伝子の組み合わせの分布を計算すると、
上位50種類の組み合わせで、90・7%の日本人をカバーできる。
最も珍しい第50位の組み合わせで日本人3万人中1人、
最多の組み合わせは3万人中199人。
50種でカバーできない残り約1割の人にも、
3つのうち2つの遺伝子が適合するiPS細胞を使えば、
拒絶反応の大幅な軽減が可能。

中辻教授は、「がん化などの恐れのない安全なiPS細胞の
作成技術の確立が大前提だが、50株のiPS細胞バンクを作れば、
日本人のほぼ全員が恩恵を受けられる」。

◆国際協力の推進を

日米欧のほか、中国、韓国、オーストラリアなど
各国から幹細胞研究の第一人者が集った国際シンポでは、
iPS細胞研究の未来を話し合うパネルディスカッション。

議論の焦点の一つが、iPS細胞や胚性幹細胞(ES細胞)を使った
再生医療の安全性をいかに確保するか?

iPS細胞やES細胞からさまざまな臓器の細胞を作り、患者に移植する、
というのが、再生医療の基本的な手法。
現時点では、作りたい臓器の細胞だけを、
確実に作り出す技術は確立していない。
移植した細胞が、想定外の細胞に分化し、がん化する危険性がある。

西川伸一・理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長は
「(安全性確保に向けて)国際的に協力できることはないか」と問題提起。
マックス・プランク分子医薬研究所(独)のハンス・シェラー所長は
「(iPS細胞が)がん化しない段階まで分化が進む仕組みを、
理解することが必要。そこを把握できれば、実用に近づくだろう」。

若年性糖尿病研究財団(米)のロバート・ゴールドスタイン科学部長は
「各国の研究者が協力してデータを出し、それをもとに各国政府が
安全性評価を行えれば有益」。

iPS細胞の登場で、ES細胞が不要になるわけではないとの指摘も。
iPS細胞を使い、遺伝性貧血やパーキンソン病の治療を目指している
ルドルフ・イェーニッシュ米マサチューセッツ工科大教授は
「ヒトのES細胞とiPS細胞が、成長した後も含めて本当に同じ能力かは、
まだ分かっていない。比較のためES細胞の研究が今後も必要」。
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◇一般向け解説本、売れ行き好調

ヒトiPS細胞について、一般向け「解説本」の出版が相次いでいる。
売れ行きも好調。
科学雑誌「ニュートン」は、08年6月号で「万能細胞」を特集。
山中教授と、同時にヒトiPS細胞を作成した
ジェームズ・トムソン米ウィスコンシン大教授のインタビューを掲載。
都心のビジネス街でよく売れ、通常の3~5倍に達した店も。

集英社は、山中教授とウイルス学の権威、畑中正一・京都大名誉教授の
対談をまとめた「ひろがる人類の夢 iPS細胞ができた!」を発売。
山中教授の生の声を収録。

「iPS細胞 ヒトはどこまで再生できるか?」(日本実業出版社)は、
科学技術振興機構のiPS細胞リポートも手がけた
田中幹人さんが研究を解説。“iPS細胞誕生秘話”も盛り込む。
中畑龍俊・京都大iPS細胞研究センター副センター長が監修した

「iPS細胞って、なんだろう」(アイカム)
細胞のカラー写真を豊富に掲載。

http://mainichi.jp/select/science/news/20080608ddm016040005000c.html

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