(読売 3月19日)
欧州には、学生自身がつくる授業が半分を占める大学がある。
荒涼とした原野にたたずむデンマークのロスキレ大学。
首都コペンハーゲンから西へ20キロほど離れた小都市、ロスキレ市。
2月初旬、約70人の学生の熱気があふれる教室で、
2年生の男子学生(23)が2人の教員に向かって
「心理学に取り組みたい。何とかしてほしい」と必死に訴えていた。
「学生発案型授業」の一場面。
デンマークの学部教育課程は3年間。入学後2年間を「基礎教養」。
1972年、「教育実験大学」として設立されたロスキレ大学が、
2年間で最も力を注ぐのが学生発案型授業。
学生自身が意見を出し合って授業のテーマを決め、
テーマに沿って教職員の指導を受けながら1学期間、
グループに分かれて討論、発表、論文作成を重ね、授業をつくる。
男子学生は将来、本格的に学びたい心理学への思いを語ったが、
他の学生の反応はよくなかった。
教員も、「焦点を絞りなさい」、「学習計画を具体的に明示しなさい」などと助言。
学生は考え込みながら、討論したグループの中に戻っていった。
同じ時間、一般的な講義形式の授業が行われていた別の講義室をのぞくと、
30人ほどの学生しかいないのに、
後方では、教員の目を盗んで携帯電話をいじる姿が目立った。
そんな光景も見せながら、前学長のヘンリク・ヤンセンさん(64)は、
「時代に合わせて大学は変わらなくてはいけない。
今の学生には発案型がふさわしい」
長年、授業改革を進めてきた人物。
発案型授業は、大学の設立当初から始まった。
今では約250ある科目の半分を占めるまで広がり、
社会の変化に適応したカリキュラム作りとして、欧州の他国からも注目。
「目標は、国境を越えた雇用の可能性を広げること。
そのためには多角的な視点と、幅広い教養が不可欠。
発案型授業は、その育成に最適だ」
デンマークでは高校卒業後、3年程度働いてから大学に入るのが一般的で、
入試はなく、高校時代の成績で振り分けられる。
同大では、2年間は学生寮での生活が課され、多様な背景を持つ学生たちが、
教室や寮内で絶えず刺激し合う。
授業以外の学習時間も、1週間で40~50時間にも及ぶ。
発案型授業は、教職員の負担を重くする。
発表や討論の様子に気を配り、学問的に深まるよう助言し、
学外への実地調査にも連れ出す。
最終的に、学生1人に1時間近くかけて口頭試問をする。
職員も学生の相談窓口になり、教員との面談調整など
学生の秘書役まで担当する。
かつて教職員からの不満も聞こえてきたが、「今はない」とヤンセンさん。
外国の企業や研究所への就職も、着実に増えているからだ。
同大の学生は、1人二つの学位取得も目指す。
「単に『科学を知っている』人材より、『科学を哲学できる』人材の方が
雇用される可能性は高い。専門一つでは国際社会での競争力はない」
キャンパスの中央に、不思議な石碑が立っていた。
厚い土台の上に2本の柱がそびえ、突端には抽象的な形。
「広い教養と、二つの専門、既成の概念にとらわれない学びの成果」
小さな大学が、その成果を世界に誇れる日は遠くないかもしれない。
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中央教育審議会は、昨年末の答申で、
学生が身につけるべき「学士力」の参考指針を示した。
欧州の考え方は、国内の大学にも参考になるはず。
そうした観点から、先月、名城大の池田輝政副学長らに同行、
注目度の高い改革に取り組む国や大学を訪ねた。
2回にわたって報告する。
◆「単位互換」国境越え質保証
欧州の大学改革が、日本でも注目を集めている。
国境を越えた学位認定や単位互換など、
欧州内の高等教育に共通の枠組みを作るボローニャ宣言が、
目標達成年を来年に控えているからだ。
宣言の署名国は、改革状況を話し合う度に、
一つの物差しに合わせるのではなく、個々の国情や大学の個性を
認め合いながら一定の共通性、普遍性を持たせる
「比較可能な質の保証」を確認。
日本は戦後、米国をモデルに新制大学を設計し、
近年の教育改革でも模範としてきた。
大学設置基準で昨春、義務化された教育力の向上への取り組み(FD)でも、
米国の手法をまねようとした大学は少なくないが、
改革の手詰まり感から新たなモデルが必要。
◆ボローニャ宣言
1999年、欧州29か国の教育大臣の署名で採択。
高等教育での国際競争力向上が狙い。
2010年までに、学部課程と大学院課程に分けること、
比較可能な学位制度の導入、単位互換制度の確立、質保証のための
協力推進など、六つの課題達成に努めるよう署名国に求めている。
現参加国は、欧州周辺諸国も含めて46。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/renai/20090319-OYT8T00269.htm
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