2009年3月25日水曜日

カースト変えたIT・グローバル化

(日経 2009-03-12)

◆かつて王家で見た身分制の壁

インドの王家宅にホームステイしたことがある。
インド北部のヒマーチャル・プラデシュ州。
標高3000メートル超の高地にあり、ヒマラヤ山脈に周囲を囲まれた大邸宅。
使用人は十数人いただろうか。
料理や掃除をする人。シーツや靴を洗う人。
それぞれの使用人に、明確な役割分担があったのが印象深かった。

「低いカーストに生まれると、その時点で一生が決まる。
できることがおのずと限られる。
がんばって生きて、生まれ変わった後の次の人生を良くするという
希望を持つしかない」
王家の人は言った。

「インドには、カーストという身分制が根強く残っているな」
日々の生活を見て実感。
もう10年以上も前の話。
その地域では、インターネットが普及していなかった。
王家の人が、「インドは将来、必ず大国になる」と口にしても、
信じようがなかった。あまりにも国が貧しく見えたからだ。

◆転機はコンピューターとの出合い

この10年間で、経済のグローバル化とIT化が一気に加速。
世界が変わり、インドも変わった。

「カーストの身分によって入れるお祭りと、入れないお祭りがあった。
身分が高い人だけのお祭りなんかがありましたよ」
千葉県市川市に住むイシュワラッパ・フナチギリさん(34)。
インド南部の貧しい農村に生まれた。

20年以上前の地方では、カーストによる差別が特に強かった。
「羊飼い」のカーストに属するフナチギリさんは笑い飛ばす。
「いまはカーストを気にしませんけどね」

苦しい生活をおくる父の姿を見て、子どものころから
「新しいことに挑戦しないといけない」と思った。
親族の支援を得て、学校に通った。
人生を変えたくて、勉学に励んだ。
政府の特別な試験に合格し、大学にも入った。
そこでコンピューターに出合った。

インドの当時の首相が、テレビでITの可能性を語っていた。
「自分も新しい技術を勉強したい」と思い立ち、
大学では「コンピューターサイエンス&エンジニアリング」を専攻。
初めてコンピューターに触り、すぐにのめり込んだ。
時には、早朝から深夜までプログラムを勉強。
そして、チャンスがやってきた。

◆「名前より実力」が変化の原動力

5年前、インド南部のシリコンバレーとも呼ばれる「プネ」で、
日本企業に派遣するITエンジニアを募集していることを知った。
日本語も学び、夢の海外勤務が実現。
現在は、インド大手のIT企業の日本法人で働き、
外資系金融機関向けの会計システムをつくっている。

「子どものころは、日本という国さえ知らなかった。
いまはとても楽しく満足していますよ」
ITを武器に成功したインド人は、フナチギリさんだけではない。
世界のあちこちにいるはず。

日本で人材派遣業を営むインド人経営者は、
ITの世界では、名前よりも実力が評価される。
インドの古い身分制を壊す原動力になった。
グローバル化の進展が重なり、世界の様々な場所でインド人が働いている。
人材を実力ベースで正当に評価できる」

インドの社会学を専門とする福永正明・岐阜女子大学客員教授は、
「インドの人々に差別意識がなお残るのは事実。
だが、低いカーストの人でも外資系企業などで自由に働ける。
カースト制の存在が外からは見えにくくなっており、
身分の問題はないと振る舞うことが可能だ」
グローバル化やIT化が、インドの古い制度や慣習さえも塗り替えつつある。

http://netplus.nikkei.co.jp/nikkei/news/world/world_2nd/wor090312.html

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