2009年6月19日金曜日

特集:後藤新平の真髄08 師ローレツとの出会い

(岩手日日 2009年4月2日~)

後藤新平は、安場保和の後押しで、
勉学の機会を与えられて出世街道を歩んだ。

須賀川医学校で医学を学び、外科医として手腕を発揮、
衛生行政官として、台湾民政長官として植民地行政にも力を尽くした。
総理大臣になるべき人物であったと言われている。
彼の業績を顧みて、大風呂敷の後藤新平という評価もあるが、
「日本の設計者」新平という見方が強まっている。
そのように言われるが、本当に医者としてはどうだったのか?

◆博士の忠告で婚姻破棄

杉森久英著『大風呂敷(上)』に、こういう話。
新平は、安場が愛知県知事になって愛知病院に勤務するが、
師ローレツ博士に、「あなたは結婚についてどう考えているか?」と聞かれ、
「私には、婚約者がいる」
「それはいいこと。そのお嬢さんはどこの人か?」
「郷里の水沢にいる。私達が幼かったころ、親同士の約束で決めた」

ローレツは、「日本の人は、よく親の意思で結婚する。
ヨーロッパでは、本人が知らないのに親が決めるということはない」
新平は、「日本人は、親の判断は狂わないと思っている」
ローレツは、「結婚は、お互いの人格の結合。
品物を買うように、判断したり選択したりして決めるものではない」
「人格の結合という点で、心配ない。
私達は従兄妹同士で、子供のときからよく知っています」

ローレツは、恐怖に似た声をあげ、「本当に従妹と結婚するのか?」
「そうです」と新平が平然というと、
ローレツは、「後藤さん、近親結婚は不道徳です」と反論。

新平は、「従兄妹は、近親とはいえないのでは?
日本では、従兄妹同士は気心が知れていいと結婚する」
ローレツは、「それは野蛮な風習。遺伝学について学んだか?」
「須賀川医学校では、概略の講義を受けたが、
従兄妹同士の結婚については何も教わらない」

ローレツは、「あなたは今からでも勉強しなさい。
ヨーロッパでは、従兄妹同士の結婚にいろいろな報告や統計が発表、
近親結婚には、不妊症、早産、畸形、てんかん、白痴等の例が非常に多い。
従兄妹同士が結婚したときも同様」と説明、
新平は真面目に聞く気になった。

新平は、事の重大さに気がついた。
ローレツから、「残念ながら、私達の学問はその理由を
説明できるほど進歩していない。
今のところ、ただ臨床的な経験によって推定しうるだけ。
しかし、事実を否定することはできません」
これを聞いて、新平は郷里の父母に、縁談に不承知と手紙を書き送った。

◆西洋医学と衛生行政、指導

アルブレヒト・フォン・ローレツは、明治7年、
オーストリア帝国領事館付医官として28歳で来日。
目的は、博物学研究調査、特に自然科学の分野での観察、収集研究。
4か月にわたり、西日本各地を探検旅行、
日本の風習の理解に努めるとともに、紀行文や収集品を残した。

明治8年、横浜で開業。
翌9年、愛知県病院での指導監督と付設学校で教育のために招かれる。
同年5月に着任。
ポストは顧問格で、月給は300円。愛知県知事より高かった。
4年間務め、基盤づくりに貢献。

明治9年、県知事(県令)安場の下に、愛知県がドイツ医学を採用し、
ローレツが顧問格で就任。
愛知県が洋式病院、医学校の新築に着手した年。
ローレツが導入した、もう一つのドイツ医学ともいうべき新ウィーン学派
近代日本医学の一時期を画するもの。

当時、日本的な塾や藩校的教育が色濃く残り、
ほとんどの医学校において、原書の素読、便覧書、外国人教師の
知識の断片を得て、満足している状況。

西洋医学を導入しようにも、日本では近代教育の体系全てが
未確立だったため、ローレツだけでなく他の外国人教師にとっても
医学教育は困難極まる大事業。

明治9年、愛知県病院月給10円の3等医として、
後藤新平はローレツの下で、西洋近代医学に触れた。
新ウィーン学派の特徴とは、自然科学の成果とその実験的手法を
医学に直結させた実証的研究と、近代の名にふさわしい
科学的姿勢とに象徴、新平は着実に自分のものにした。

ローレツは、当時の医学教育と医学生の質に少なからず失望したが、
新平との出会いは大きな喜びだったよう。
後に、新平はドイツ留学をするが、ローレツに刺激されたことが大きい。

ローレツは、医学校を実質的に教頭として主宰し、
新ウィーン学派の衛生行政思想に基づき愛知県の行政を指導。
住民周囲の不健康な環境を、行政によって改善すべきことを説き、
新平を衛生行政の専門家に成長させるべく指導。

新平は、安場保和が親身になって援助、愛知県病院に就職。
ローレツと深く知りあったことで、学問を究めることができた。
新平が、近親者(従兄妹)と結婚すると聞かされ、
ローレツがそれは不道徳と言われた。
人が人を知る。そのことによって成長する。
新平はどこを目指したか?

http://www.iwanichi.co.jp/feature/gotou/item_12467.html

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