2009年6月20日土曜日

挑戦のとき/11 科学技術振興機構研究員・神原陽一さん

(毎日 6月9日)

極低温に冷やすと、電気抵抗がゼロになる超電導物質。
送電ロスのない電線や、磁力で車体を浮かせて走る
リニアモーターカー用の電磁石などへの応用を目指し、
より高い温度で超電導になる物質を探す競争が、
世界で繰り広げられている。

08年2月、米化学会誌に発表された神原さんらの論文が
学界に衝撃を与えた。
超電導には不向きと考えられていた鉄を含む化合物が、
絶対温度32度(セ氏マイナス241度)という
比較的高い温度で超電導に。

米国の文献情報会社によると、この論文は08年に発表された
科学論文の中で、他の論文に引用された回数が最も多かった。
論文の引用回数は、その研究の与えた影響力を物語る。
神原さんは、「これで10年くらいは、研究者として頑張ってみようと思った」

いわゆる「理科少年」ではなかった。
高校時代、理科の先生が実験を多く取り入れてくれたことで、
「実証的だ」と興味はわいた。
理系に進んだのは、「英単語や歴史の年号の暗記が苦手で」という
消極的理由だった。

「物好き」を自認する。
高校で山岳部に入ったのも、「わざわざ30キロの荷物を担いで
苦労する状況が面白かった」からで、
材料科学の道を選んだのも、「役に立たないかもしれないことに
一生懸命になれる物好きに向いている」と思ったからだ。

仕事に名前が残る研究者に魅力を感じ、博士号取得後、
第一人者の細野秀雄・東京工業大教授の研究室に飛び込んだ。
さまざまな物質を乳鉢ですり、混ぜて焼成し、電気抵抗や磁性などの
特性を測る地道な作業の繰り返し。

どこに宝が潜んでいるかは分からない。
「錬金術のような面白さがある。バクチみたいだが、
当てる人は何度も当てている。
物質の選択、合成の条件を詰めるには、高度なノウハウが必要」

超電導になる温度は十数年前、高圧下の銅系酸化物が
絶対温度160度を記録した後、更新がない。
神原さんらの発見は、手詰まり気味だった学界に
「新鉱脈」と受け止められ、再び競争が激化。

1カ月後、中国のグループが鉄系でさらに高い温度で
超電導になる物質を報告。
「恐ろしい勢いで論文が出て、追い抜かれた。
3月からの3カ月は悪夢だった」

今、鉄系の物質は、超電導になる温度が絶対温度55度で頭打ち状態。
冷却に安価な液体窒素が使える絶対温度77度が、当面の目標。
神原さんは、「もう一工夫がいる。何とか壁を越える物質を探したい」と
新たな挑戦を続けている。
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◇かみはら・よういち

東京都町田市で育つ。05年に慶応大大学院で工学博士号取得後、
科学技術振興機構の任期付き研究員として東京工業大で研究。

http://mainichi.jp/select/science/rikei/news/20090609ddm016040131000c.html

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