2009年6月15日月曜日

「輝く実績」へのはかない期待

(日経 2009/06/05)

◇加茂具樹(慶応大総合政策学部准教授)

72年(昭和47年)生まれ。95年慶大総合政策学部卒。
01年、慶応大学院博士課程修了、博士(政策・メディア)。
在香港日本国総領事館専門調査員を経て現職。
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今回の経済・金融危機に傷付いた国際社会は、
これまでの中国の輝かしい実績に圧倒され、中国の未来に期待。
それが、「中国は世界を救うか」という問いにつながる。

輝かしい実績とは、民主化運動が政治体制を揺るがした
天安門事件直後の予測に反し、中国共産党が築いた20年間の政治安定。
この安定を背景に、中国経済は急成長し、世界の投資を吸収し続けた。
世界経済のけん引者となった中国は、急拡大する市場を武器に
外交戦略を推進し、自らの存在感を一層際立たせた。

◆高まる雇用不安

「中国が世界を救う」という結論を出すのは、まだ早い。
世界経済・金融危機が、中国の経済と社会に与えた影響は小さくない。
中国共産党が、20年間にわたって安定を築いてきた手法が
これからも通用するのか。
通用しないのなら、共産党はどのように変化するのか。
十分に見極める必要がある。

暴動や大集団による抗議活動といった「群体性事件」が、
2009年に頻発する――。
昨年末、人民日報をはじめとした中国の主要新聞・雑誌が、
こんな特集記事を掲載。

背景には、経済・金融危機に伴う雇用不安。
沿海地域では、中小企業の操業停止や倒産で、
大量の農民工(農村部からの出稼ぎ労働者)が失業。
2月の発表によれば、その数は約2000万人、
全国の農民工1.3億人の15.3%にあたる。

今年7月、大学を卒業する新卒学生は610万人。
昨年卒業し、就職できなかった就職浪人は100万人。
中国が09年、8%の経済成長率を達成できても、
800万人分しか新たな働き口を創り出せない。
8%成長では、農民工と大学卒業生両方の雇用を吸収できない。

◆揺らぐ「社会の公平性」

教育は、「社会の『底辺層』が地位を高めるための唯一の道」
教育を受けたのに仕事に就けない人が増加すれば、
共産党が掲げてきた「社会の公平性」が根底から揺らぐ。
今年は、どのくらいの数の「群体性事件」が起きるか?

中国社会科学院の于建嶸教授によると、05年の発生件数は約8万。
中国が飛躍的な経済成長を続けていた時期に重なる。
今回の経済・金融危機の影響で、経済停滞が長期に及び、
比較的豊かな社会階層も不満を募らせれば、
「群体性事件」の今年の発生件数は05年を大幅に上回るかもしれない。

最近の「群体性事件」として記憶に新しいのは、
昨年6月に貴州省で起きた、3万人規模の住人と警察の衝突。
女子中学生の死亡事件への警察当局の対応に関する家族の抗議が、
官僚機構や貧富の格差への住人の不満に火を付けた。
このような暴動は、中国のどこででも発生する可能性がある。

同省共産党委員会の石宗源書記は、
「長期にわたって社会的な矛盾が積み重なり、
様々な対立点が複雑に絡み合っている。
そうした問題が適切に処理されず、幹部と大衆の関係が緊張してしまった」、
中国の政治構造が暴動の背景にあることを認めている。

中国社会科学院の于教授は、「社会的なうっ憤を晴らす暴動」が
突発的に発生、拡大するリスクを中国は抱えていると警鐘。

◆不満を押さえ込んだのは?

「群体性事件」の頻発は、共産党による統治の安定性に
深刻なダメージを与えるのだろうか。
楽観論と悲観論の両方がある。

カーネギー国際平和財団のチャイナプログラム・シニア・アソシエートである
ペイ・ミンシン氏は、中国の暴動は人民解放軍や武装警察などによって
効果的に処理されており、全土に拡大する可能性は低いと指摘。
共産党は確かに、武力が安定確保のカギだと理解。

今年1月、武装警察部隊共産党委員会の会議に、
中央軍事委員会主席として初めて出席した胡錦濤国家主席は、
出席者全員と接見、「社会安定のカギである」とその活動を讃えた。
過去20年間の共産党統治の安定は、
武装力によってもたらされたわけではない。
むしろ柔軟な政策転換によるところが大きい。

代表例が、市場経済化政策。
最高指導者だった鄧小平氏が、92年に発表した南方談話を契機に、
中国は市場経済を導入、急速な経済成長を遂げた。
00年、江沢民共産党総書記(当時)は私営企業の経営者の入党を公認。
89年、天安門事件直後に江沢民氏は、私営企業の経営者を批判。
市場経済化をテコにした経済成長を牽引し、
経済的にも政治的にも発言力を高めた私営企業の経営者の入党を
促すことによって、共産党の支持基盤の拡大と強化を図った。

◆消えた安定要因

市場経済化の成果を享受した中国社会は、共産党の統治を支持。
仮に利益の配分に一部失敗があったとしても、批判を集めなかった。
経済規模の飛躍的な拡大が、政治的・経済的な利益を拡大。
過去20年間、共産党一党体制のあり方を問う政治改革に、
中国が踏み込まずに済んだのは、市場経済導入のおかげ。

今回の金融・経済危機は、共産党の統治の安定を確保してきた
様々な要因を消し飛ばした。
中国製品の主な輸出先である米国の経済の先行きが見えない中、
かつてのような急速な経済成長は期待できない。

共産党体制がよりどころにしてきた政治的・経済的な利益の拡大は、
経済の持続的な発展が前提。
それが約束されなければ、共産党の安定もまた約束できない。

人民日報は05年に警鐘を鳴らしていた。
中国社会は、「黄金発展期」にあると同時に、
「矛盾突出期」を迎えているという内容。
「改革が絶えず深化していく中で、必然的に利益関係の調整にも
影響が及び、異なる人、異なる集団の間で改革・発展の成果を
享受する程度が違ってくるのは避けられない」
この問題が今、顕在化している。

胡錦濤共産党総書記が提唱する科学的発展観は、
この問題への具体的な対応。
その効果が見えるまで政権の安定は保たれるのだろうか?
中国共産党が、「輝かしい実績」をつくりあげた手法に代わる
新たな道を模索できるか。
それが「中国は世界を救うか」という問いの核心。

http://netplus.nikkei.co.jp/forum/global/t_488/e_1930.php

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