2009年6月14日日曜日

経済危機の本当の勝者

(日経 2009/05/29)

◇肖敏捷(大和総研シニアエコノミスト)

64年(昭和39年)中国陝西省生まれ。86年中国武漢大外国語学部卒。
94年、筑波大学院博士課程修了、大和総研入社。
香港、上海の現地事務所勤務を経て現職。

今回の経済・金融危機は、世界に大きな爪あとを残した。
10年以上前のアジア通貨危機も、世界を揺さぶった。
中国も、資本市場の閉鎖性に助けられ、
ほかの国・地域よりダメージは小さかったものの一定の影響を受けた。
2回の金融・経済危機を振り返ると、
不思議な現象が起きていることに気付く。
危機が発生するたび度に、中国の存在感がますます際立つ。

1997年7月2日、タイバーツ暴落をきっかけに起きたアジア通貨危機。
アジア各国の経済や金融が深刻なダメージを受ける中、
中国が自国の輸出企業を救済するため、人民元切り下げに
踏み切るのではないかとの観測。

当時の朱鎔基首相は、「人民元を切り下げないことが、
アジア経済に対する最大の貢献だ」と宣言。
長期建設国債で裏打ちした内需拡大策を発表。
国際社会は、これをきっかけに中国を、「責任のある大国」、
「アジア経済の防波堤」などと持ち上げた。

◆賞賛がかき消した過去

中国は94年、人民元レートを33%切り下げた実績。
アジア通貨危機で人民元を切り下げなかったのは、
返還直後の香港を守る必要に迫られたため。
こうした事実は、賞賛の声にかき消された。

今回の金融危機でも、中国の存在感は高まった。
中国政府は2008年11月9日夜、総事業規模4兆元
(同年の名目国内総生産の13%相当)の景気対策を発表。
世界を驚かせた。

09年4月10日、日本政府が総事業規模56.8兆円の
経済危機対策を発表するに当たって、
中国へのライバル意識があったかどうかは定かでないが、
人民元に換算すると約4兆元で中国と同規模。
日本の経済対策の発表資料は、A4の紙で37枚という力の入りよう。
中国の景気対策は、1枚程度の粗末なもの。

国際社会の関心を独り占めにしたのは、中国だった。
20カ国・地域(G20)が、08年11月14~15日、
金融サミットの直前というタイミングの効果もあった。
中国は、世界各国の景気対策ブームに火を付け、
国際社会はそのリーダーシップの強さと実行力の高さを評価。

◆過剰な期待

「世界経済の救世主」、「米国、中国を主軸とする『G2体制』の出現」
など、これまでの常識では考えられなかった賛辞。
「100年に1度」のグローバル金融・経済危機といわれるが、
中国への世界の賛辞も、少なくともここ100年で最高級。

今回の危機の元凶とされる米国に、中国がたたき付けた「挑戦状」も、
中国が金融危機の勝者だと改めて印象づけた。
「挑戦状」とは、中国人民銀行の周小川総裁が
09年3月23日に発表した論文のこと。

総裁は、国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)を
準備通貨にすべきだと主張。

政府や国際機関の間の決済にしか使えないSDRを、
国際貿易や金融取引の決済手段としても活用すべきだと訴え、
国内総生産(GDP)に応じてSDRの構成通貨を見直す必要性に言及。
この発言が、人民元を構成通貨に加えることを念頭に置いている。

SDRの価値を決める通貨バスケットは、
米ドル、欧州通貨ユーロ、日本円、英ポンドで構成。
この仕組みの見直しに踏み込んだ中国の中央銀行総裁の発言は、
ドル基軸通貨体制への中国の挑戦。

◆米国と一蓮托生の実態

08年11月22日、ペルー・リマで開いたアジア太平洋経済協力会議
(APEC)首脳会議での日中首脳会談で、
麻生太郎首相は、胡錦濤国家主席にIMFの出資比率見直しについて、
「中国のような外貨準備を多く保有している国の参加を歓迎したい」
胡主席は返答しなかった。

その後、米国に挑戦状をたたき付けるかのような動きに出るまでの
数カ月で、中国は自信を強めていった。

米国が今回の最大の敗者だとすると、
モノ(対米輸出への依存度)とカネ(米国債の大量保有)の両面で、
米国と一蓮托生の関係である中国も同じ立場。
4兆元の景気対策は、世界の救世主になるための措置ではない。
金融危機のダメージを受けた実体経済を、立て直すための手段。

世界景気や金融システムが、落ち着きを取り戻すにつれ、
中国への過剰な期待もやがて修正される。
中国は、世界経済の復興に積極的・建設的な役割を果たす責任を負う。
周囲の期待に応え、ドン・キホーテのように立ち振る舞う余裕はない。

◆問われる対策の効果

中国に必要なのは、4兆元の景気対策を通じて内需拡大を加速し、
経済成長の持続性を高めること。
これが、世界の期待に応える最良の方法。
中国が本当の勝者になれるかどうか?
チャレンジは始まったばかりだ。

http://netplus.nikkei.co.jp/forum/global/t_488/e_1912.php

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