2008年6月26日木曜日

Tリンパ球とBリンパ球は兄弟ではなかった!新旧の血液細胞分化モデル

(Nature Asia-Pacific)

理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター 河本 宏

免疫機能を司るリンパ球は、造血幹細胞を出発点に段階的な経路を経て作り出される。
古典的なモデルは、生物学や医学の教科書で頻用され、
「Tリンパ球とBリンパ球は、共通の前駆細胞から作られ、両者は兄弟の関係にある」
との考えが常識。
理化学研究所の河本 宏 チームリーダー(以下TL)らは、
この学説を覆す研究成果をもたらした。

血液細胞には、赤血球、顆粒球、単球、Tリンパ球、Bリンパ球など。
顆粒球と単球は、「ミエロイド系(骨髄系)細胞」とも。
1970年代後半に、これらの細胞の全てが骨髄中の造血幹細胞から
作られることが示されたが、Tリンパ球とBリンパ球は
「細胞の形態が似ており、両者とも抗原特異的な免疫反応に関わる」
という共通性をもっていたことから、兄弟の関係にあるとされてきた。
「似た者は、共通の経路で分化してくるのだろう」との推測から、
仮の分化経路図が作られ、教科書などで広く紹介。
この経路図では、造血幹細胞からの最初の分岐で、
「Tリンパ球とBリンパ球の共通前駆細胞」および
「赤血球とミエロイド系細胞の共通前駆細胞」が作り出される。

医学部卒業後の研修医時代に、血液疾患に興味をもった河本TLは、
京大大学病院血液内科系の大学院を修了後、
1994年から胸部疾患研究所(現 再生医科学研究所)の
桂義元教授の研究室に移り、リンパ球の初期分化に関する研究をはじめた。
3年後、桂教授とともにMLPアッセイ法という新手法を開発、
数々のブレイクスルーをもたらすことに。

「MLPアッセイ法では、1個の造血系前駆細胞がもつTリンパ球、Bリンパ球、
ミエロイド系細胞の3系列への分化能を、同時に調べることができる」。
マウス胎仔の肝臓に含まれる造血系前駆細胞を材料に、
その分化能を地道に調べ上げた。
「前駆細胞の中には、Tリンパ球・Bリンパ球・ミエロイド系細胞のうち
一種類しか作らないものの他に、全てをつくるもの、ミエロイド系細胞と
Tリンパ球をつくるもの、ミエロイド系細胞とBリンパ球をつくるものがあったが、
Tリンパ球とBリンパ球の両者だけをつくるものはない」。
この結果は、Tリンパ球とBリンパ球が兄弟の関係にはないことを強く示唆。
一連の実験結果から、従来のモデルが間違っていると推察した
桂教授と河本TLは、「ミエロイド系の細胞は、すべての細胞の基本型となり、
Tリンパ球、Bリンパ球、赤血球への分化経路の途中まで
ミエロイド系細胞を作る能力が保持される」とする
新しいモデル(ミエロイド基本型モデル)を作り上げた。
その後、このモデルは胎生期における造血モデルとしては認められる。
ただし、河本TLらの発表後に、「マウス骨髄中で、Tリンパ球とBリンパ球の
共通前駆細胞を同定した」の報告がいくつか出され、
成体では従来のモデルが正しいとされ続けた。

2002年から現職に就いた河本TLは、和田はるか研究員とともに、
ミエロイド基本型モデルが胎児期に限らず、
生体にもあてはまることの実証に乗り出した。
前駆細胞を特殊な細胞(ストローマ細胞)とともに培養する新たな手法も開発。
「成体マウスの胸腺中にあるTリンパ球の前駆細胞が、
Bリンパ球を作る能力を失っていることは分かっていた。
今回、新しい培養法によって、この前駆細胞を1個ずつ培養したところ、
多くがTリンパ球とともにマクロファージをも作りだした」。
Tリンパ球前駆細胞由来のマクロファージは、
胸腺中のマクロファージの約30%に達する。
T前駆細胞は、Bリンパ球を作れなくなってからでも、
ミエロイド系細胞を作ることが証明。
この事実は、従来の造血モデルでは説明できず、
ミエロイド基本型モデルが正しいことを強く支持。
「私たちの成果は、教科書の書き換えを迫るだけでなく、
免疫細胞の起源や進化についてのパラダイム転換をももたらす」。
「同時に、白血病の病態理解やリンパ球を用いた再生医療にもつながる」、
Tリンパ球を、体外で効率よく培養する手法の開発に着手。
「がんを根治できるような免疫療法の開発という究極の夢」
に向けて走り続ける日々が続く。

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