(日経 2009-07-07)
イタリアの自動車大手フィアットが、米クライスラーや
ゼネラル・モーターズ(GM)子会社の独オペルの経営再建問題で
脚光を浴びている。
フィアットは、かつてGMとの資本提携に失敗、
どん底からの再出発を迫られた。
33歳の若さで、その創業一族を率いるジョン・エルカン副会長は、
世界規模の自動車危機を好機とみて、
グローバルプレーヤーとして名門復活に挑む。
オペル買収交渉のさなかだった5月上旬、
エルカン氏の姿はスイス東部ザンクトガレンに。
「長期的な展望を持った、強い自動車メーカーを作る」
現地では、「ミニ・ダボス会議」と呼ばれる学生らのセミナーに出席、
珍しくリップサービスをしてみせた。
クライスラー、GMとの交渉の表舞台に立つのは、
セルジオ・マルキオーネ最高経営責任者(CEO)。
クライスラーに続いて、オペルもグループに加えようと
縦横無尽に動き回った。
オペル買収は、カナダの自動車部品大手マグナ・インターナショナルが
合意にこぎ着けたが、マルキオーネCEOは、
フィアットの計画の利点を説き続けている。
本拠地のトリノで、株主総会を取材したことがある。
エルカン氏は、フェラーリ会長も兼務するモンテゼモロ会長、
マルキオーネCEOと記者会見のひな壇に並んだ。
記者の爆笑を誘う「ショーマン」の会長と、
仕事のことを淡々と答える実務派CEO。
若いエルカン氏からは、欧州メディアが書くように「恥ずかしがり屋」の印象。
やり手のマルキオーネ氏に、フィアットの将来を委ねたのは、
まだ20代だったエルカン氏その人。
第2次世界大戦後のフィアット中興の祖で、
「アヴォカート(弁護士)」と呼ばれ、イタリア経済界の重鎮だった
ジャンニ・アニェリ氏。
その長女マルゲリータと作家のアラン・エルカン氏の長男。
アニェリ家は、傘下の投資会社EXORを通じ、フィアットに約30%出資。
EXORの投資先には、世界的な検査・認証大手SGS(スイス)や
サッカーの名門ユベントスも名を連ねる。
エルカン氏は、EXORの会長にも就任、一族の実力者となった。
祖父ジャンニの後継者候補には、長男のエドアルド、
おいのジョバニーノがいたが、2人とも若くして急逝。
ジャンニが指名したのが、孫のエルカン氏。
サッカー選手を夢見てブラジルなどで暮らし、
トリノで学生生活を送りながら、フィアットの現場を巡っていた時期。
フィアットは、2000年にGMと提携。
自動車事業は、欧州メーカーの競合激化で提携も実を結ばず、
赤字の山を築く。
03年、ジャンニが死去。
弟のウンベルト・アニェリ氏も他界した04年、
三日三晩考えたエルカン氏は、SGSのCEOだったマルキオーネ氏を
フィアットに迎え、アニェリ家も久々に経営に本格復帰。
フィアットは05年、GMへの乗用車部門売却を断念、
自らの手による再建の道を選ぶ。
若手を登用し、新車開発を抜本的に見直し、
06年12月期には6期ぶりに水面上に浮かんだ。
エルカン氏は、「最初の2年は社内の抵抗も強かったが、
我々は常に対話し、成功へと導いた」
昨年末、マルキオーネCEOが、「生き残るメーカーは6つ」と宣言。
クライスラーやオペルを傘下に、世界市場でトヨタ自動車や
独フォルクスワーゲンを追うというフィアットの野望は、
伝統メーカーのV字回復をなし遂げたモンテゼモロ、エルカン、
マルキオーネの「トロイカ体制」の産物。
米国での「フィアット」、「アルファロメオ」ブランド車の生産・販売などを
実現し、世界の「600万台グループ」の1角として存在感を高められるか?
今後のエルカン氏の会長就任と、フィアットの完全復活に、
イタリア国民は期待。
愛称「ヤキ」で呼ばれる青年の一挙手一投足から、目が離せなくなりそう。
http://netplus.nikkei.co.jp/ssbiz/mono/mon090703.html
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