2009年7月12日日曜日

“Drブレイン”利根川教授の憂い

(日経 2009-06-26)

国内随一の脳研究拠点、理化学研究所脳科学総合研究センターの
3代目センター長に、ノーベル生理学・医学賞受賞者の
利根川進・MIT教授が就いた。

「脳科学は始まったばかり」と、この分野の重要性を強調する一方、
日本の研究環境はまだ不十分だとの認識。
46年間、海外で研究を続けた目から見た日本の“甘い部分”は、
早急に改善しなければいけない。

もう「第〇次ブーム」と数えられないほど、脳への関心は高まっている。
米国が、1990年から「脳の10年」と、大規模な研究支援を始め、
先進各国が競い合うように様々なプロジェクトを推進。
脳の内部を、外部から観察する先端計測機器が相次いで登場し、
ゲノム解読を受けて、神経細胞と情報伝達物質との関係や機能を、
遺伝子のレベルで調べる研究も盛ん。

1)カネボウ化粧品
(茂木健一郎氏との共同プロジェクト。ATRプロモーションズが協力)
素顔と化粧後の顔を見たときの、女性の脳の活動状態を観察。
化粧は、自分を客観的に見つめ直す行為、
化粧によって社会的な顔を演出し、他人とのコミュニケーションを
活発にしている役割をもつとの認識を深めた。
より魅力的な化粧品の開発やブランドの育成などにつなげる。

2)東海光学NTTデータ経営研究所
遠近両用眼鏡レンズを装着したときの快適さを、脳波計測から評価。
不快感を減らしたレンズの設計に反映。

3)竹中工務店
(東京大学の加藤伸介教授ら大学と共同研究)
1人ひとりが最適と感じる空間を、脳波の計測や脳活動の測定などの
データをもとに解明するのが目標。
(1)空間デザインの影響
(2)光や熱、音などの影響
(3)人や環境をセンシングし環境を制御する技術
(4)創造性など人の活動を評価する技術--の4分野で研究を推進。

産業界で、脳研究を新製品開発やサービス改善などに
生かそうという動きも。
まだ初期的な段階だが、今後、大きなうねりになる可能性を感じる。
得られた成果を、分かりやすく社会に発信する機運も醸成され、
シンポジウムや講演会が開かれ、あまたの関連書籍が書店に。
テレビドラマの主題にも取り上げられるほど。

それでもやはり、脳は不思議の塊。
私たちの体の動きを制御し、出来事を記憶し、知性や感情を生み出す。
その仕組みや原理は、謎に包まれている。
利根川センター長は、「私たちはまだ脳全体の数%しか分かっていない」
広大な未知の領域が残っている状況を解説。

理研センター長への利根川教授の起用は、初代センター長を務め、
小脳の運動モデルの研究で著名な伊藤正男・東京大学名誉教授や、
野依良治・理研理事長らの悲願。
まだまだ研究を続けたい利根川教授は、MITの研究室を残したまま、
時間を半分ずつ分けて、理研でセンター運営にかかわる予定。

6月、理研で就任会見した利根川氏は、
「脳を研究することは、人間を研究すること」と、
脳研究への思いを熱く語った。
現在はまだ、自然科学の対象分野との印象が強いが、
将来は、文学や芸術、経済や社会制度などとの関係も深まるとし、
「人文・社会科学の関連分野を抱合する学問になる」と展望。

なのに、日本の研究体制は非常に弱いのではないかと、注文。
政治家の一部に、「脳研究はもういい」という声に対し、
「奇異に感じる」と、ライフサイエンス分野に占める
脳研究費の比率が下がっている状況を憂慮。

MITは、15年前に脳科学科を新設、学際的な研究推進体制を整え、
日本では病気の原因や治療を目指した医学分野の研究が中心、
偏りがあると分析。

現時点で、米国の脳研究予算は日本の20倍に達し、
このままでは日米格差は広がる一方。
日本が進めるべき脳研究の戦略は、利根川氏を含めて練ってもらい、
研究の推進体制に対する課題は、以前から日本の弱点。

学際領域が弱い、大学院での研究者育成が遅れている、
大学と他の研究機関との連携が乏しい、などなど。
これらの改革に、誘因が働かない問題を解決しないと、
脳研究だけでなく、新しい科学技術で日本は存在感を発揮できなくなる。

http://netplus.nikkei.co.jp/ssbiz/techno/tec090625.html

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