(読売 7月7日)
社会で生きていく力を身につけてもらうため、
独自の授業を行う学校が増えている。
17人の中学3年生が、教室でコーヒーの作付けを巡って交渉。
「慎重にやりたいから、2区画というのは譲れない」、
「男だったら、決断して全部コーヒーにしようよ」
広島市佐伯区の鶴学園広島なぎさ中学校で行われた
「グローバル・ラーニング」の授業。
生徒たちは、コーヒーを売買する多国籍企業の社員と
生産農家という役割に分かれ、4年間でいかに多くの収益を
上げるかを競っていた。
多国籍企業の社員は、多くの農地を穀物栽培から
コーヒー畑に転換させないと解雇されてしまう。
農家は、子どもを学校に行かせるための資金が欲しい。
コーヒーは、収益率の高さが魅力だが、市場価格の変動がリスクとなる。
こうした設定で、生徒たちは自分の利益を得るために知恵を絞る。
約500ドルの黒字を確保し、最後の年にすべてをコーヒー栽培に
転換したところ、市場が暴落して借金生活になってしまった
農家役の男子生徒。
授業の最後に、「もうかるからと企業に押し切られた。
自分の意思を持つことが必要だと思った」と発表。
「自分の利益と、相手の利益を考えるのは難しかった」と話す女子生徒。
授業を行った野中春樹教諭(56)は、
「企業や農家という立場になることで、社会と自分との関係や、
他人との関係の作り方を学ぶことができたはず」
中高一貫の同中学校は1994年、社会人としての基本的な素養を育む
シチズンシップ教育を行うため、「人間科」という教科を創設。
グローバル・ラーニングのほか、「人間」(中学1年~高校3年)、
「グローバル・シティズン」(高校1年)、「国際理解」(高校3年)を必修化。
責任、豊かさ、勤労観など16テーマについて、
ゲームや討論、外部講師の講演などを通じて6年間で学ぶ。
97年から授業作りに参加している野中教諭は、
自分自身を肯定的に評価する自己理解、コミュニケーションに
より人間関係を築く能力、社会の一員であるという実感――の
3点が重要だと強調。
「本当に理解し、自分自身の問題として意識するには、
体験して考えさせること」
高校の「人間」の授業では、自宅出産を手がける助産師や
終末医療に携わる医師を招いて話を聞いたり、
実際に緩和ケア病棟を訪問したりすることで、
生と死について考えるきっかけ作りに。
課題は、時間数の確保。
受験勉強に直接必要な内容ではなく、逆に受験科目の授業時間数が
減るため、手放しで歓迎されるわけではない。
公立校でも、シチズンシップ教育を試みる学校が目立つ。
品川区は2006年度から、道徳と総合的な学習、特別活動の時間を
活用し、区立の小中学校すべてに「市民科」の時間を作った。
神奈川県教委は07年度から、シチズンシップ教育実践研究校に
県立高校8校を指定し、現代社会や政治経済など
既存の授業の中での充実を図っている。
松沢成文・同県知事は、シチズンシップ教育をさらに広げるため、
全県立高校で来年夏の参院選に合わせて模擬投票を行い、
11年度には法教育も全校に導入する意向を表明。
一方で、授業の進め方に苦慮している学校も。
小中一貫校の熊本市立富合小学校・中学校は、
構造改革特区制度を利用し、04年に新科目「生き方創造科」を創設。
水俣病の現地学習を実施したり、先進的な性教育を試みたりしたが、
「シチズンシップ教育ならではの内容、方法まで高まっていない」と、
同校関係者は打ち明ける。
生みの苦しみが続いている。
◆シチズンシップ教育
個人が、社会に参加していく際の能力を身につけるための教育。
欧米を中心に導入され、「市民教育」などと訳される。
社会の仕組みの理解に重点を置く「公民教育」とは異なり、
具体的に社会参加する方法を、体験を通して学ぶ。
英国は2002年、日本の中高生に相当する生徒に必修化。
◆具体的手法確立には時間
シチズンシップ教育が注目される背景には、
経済成長により国民が物質的な豊かさを獲得し、
価値観が多様化したこと。
この結果、進路の選択肢が増える一方で、ボランティア活動などで
精神的な豊かさを求めることも一般化し、
社会にかかわる力がより求められる。
こうした力の多くは、企業内教育の一環として育成されてきたが、
長引く景気の低迷で、今や企業にはゆとりがない。
経済同友会は今年2月、18歳までに社会人としての基礎を
身につけるよう、学校教育に求める提言。
具体的な手法の確立には、時間がかかりそう。
教員養成大学などではカリキュラム作成に向け、
付属校で試験的な授業を行っている段階。
文部科学省の特例校制度を活用、独自の教科を作っている例もあるが、
その多くが手探りを続けている。
「市民力」をキーワードに、個人と社会をつなぐ教育の試行錯誤は、
今後も続きそう。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/renai/20090707-OYT8T00262.htm
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