2009年7月6日月曜日

座談会「環境と経済の発展をめざして」 地球守る新機軸

(毎日 6月28日)

環境省は、今年度から「環境経済の政策研究」を始めた。
新たな段階に入った環境と経済との関係について、
西尾哲茂環境事務次官、植田和弘京都大教授、
牧野正志パナソニック環境担当取締役の3氏に話し。

--環境と経済との関係はどのように変化?

植田 オバマ米大統領は、10年間で1500億ドルを
クリーンエネルギーに投資、500万人の雇用を生む。
世界同時不況を克服する、地球温暖化防止のため、
低炭素社会をつくるという課題を同時に解決できる、
環境と経済との関係を再編成。

温暖化問題では、スターン・レビューは大きなインパクトを与え、
重要なメッセージの一つは、温暖化防止に取り組まなかった場合の
コストが大変大きい。
経済行為そのものを、環境配慮型に変えていく。
文明史的転換と言ってよい。

--企業はどうとらえているか?

牧野 環境に関する企業への社会的な要請が変化。
以前はコスト要因として考えられていたが、
企業にとっては競争力の源泉であり、
環境経営なしには企業経営はありえない。

当社は、「企業は社会の公器である」を経営理念、
「地球環境との共存」を掲げ、環境経営を積極推進。
01年、中長期環境行動計画「グリーンプラン2010」を策定、
07年、「エコアイディア宣言」を発信、事業成長と環境負荷削減を両立。

環境経営には、「3つのエコアイディア」。
一つは、「商品のエコアイディア」。
省エネの徹底的追求による省エネ性能ナンバーワン商品の倍増と、
性能の低い商品を減らす。
CO2排出量実質ゼロのくらしが体験できる
「エコアイディアハウス」を東京都江東区に開設。

二つ目は、「モノづくりのエコアイディア」、
世界中の製造拠点から排出されるCO2を、3年間で30万トン削減。
生産量を伸ばしつつ、CO2排出量削減を目指す。
品質や歩留まり低下への懸念から、生産プロセスの省エネや、
工場のCO2排出量を月度で集計する仕組みの構築、
CO2排出削減の経営指標への組み込みにより、目標は達成。

もう一つは、「ひろげるエコアイディア」。
従業員の環境意識を高めるため、地域・世界へと啓発を広めていく活動。

--「緑の経済と社会の変革」(日本版グリーン・ニューディール)が公表。

西尾 世界が始めたから日本も、ということではなく、
環境に対する投資で経済にプラス影響を及ぼすこと。
経済危機の中、環境投資を経済のけん引車にすることを目指す。
現在、環境産業の規模は70兆円、これを20年までに120兆円に。
140万人の雇用を、280万人に広げる計画。

72年、国連人間環境会議で、経済成長すると環境破壊が起こりうるから、
環境配慮が必要。
92年、地球サミットで「持続可能な開発」が打ち出された。
今は、環境対策が経済を引っ張っていく時代。
環境と経済の関係が転換期に入った。
パラダイム転換しないと、温暖化対策と経済危機の両方を解決できない。

植田 パラダイム転換は重要な点。
イノベーションの源が、環境とかかわることが多くなってきた。
新しいパラダイムを体現した新しい産業が出てくるし、
今ある産業も物質循環を基準にするとか、
ライフサイクルを考えてものづくりをする。
企業にとって、どのように志向するかが競争力の源になる。

牧野 環境が、イノベーションの源泉になる。
家電メーカーが技術開発をし、省エネ商品を市場に出すことが、
消費者の環境意識を高め、技術イノベーションの加速に。

商品の企画、開発設計、製造、アフターサービス、リサイクルまでの
トータルライフサイクルを考えている。
省エネ家電や照明の省エネ化といった単品の環境技術だが、
今後は、ホームエネルギー・マネジメントシステムと呼ばれる
家丸ごと、ビル丸ごと、地域全体のエネルギー管理技術が重要。
環境が経済をけん引し、地球環境保全につながる。

植田 現在のシステムやビジネスモデルを変える、
環境への取り組みがイノベーションの源であることが共通認識。
イノベーションは、オーストリアの経済学者シュムペーターが使い、
「技術革新」としたのは日本の造語で、本来の訳は「新機軸」。
生産方法や販売の仕方を含め、作り変えることがイノベーション。
あらゆる領域に広がった、まさにイノベーションが今、必要。

--グリーン・ニューディールの一環、家電のエコポイント制度が実施。

西尾 自動車は、70年代の日本版マスキー規制(排ガス規制)に始まり、
自動車税のグリーン化などを進めてきた。
家電は種類が多く、自動車のような戦略が立てにくい。
消費者から見て、分かりやすい形で方針を出せないかと。

私が仕掛け人になって、3年前にポイント制度を発案。
1年間、環境省がモデルづくりをし、経済産業省や総務省が乗り、
3省で計3000億円の新事業、エコポイント制度ができた。

ニューディールには、2つのメッセージ。
一つは、できるだけ少ない物質、エネルギーで生活する、
出たものは再利用する低炭素社会をつくること。
もう一つは、経済社会を変えるには、政策で最初の加速を
しなければならないこと。
はずみ車のように、最初はすごく重い。
システムがなく、コストが高いから。
最初が回れば、ビジネスチャンスができ、多くの人が参加。
揺るぎない政策意思を示すこと、軌道に乗るまで思い切った
インセンティブ(奨励策)を与えることが重要。
エコポイント制度は、小売店や商店街の人たちから
還元商品などのいろいろな工夫が出ている。

牧野 エコポイント制度は、実施後に販売増加もみられ、効果が。
緊急経済対策として出され、継続を願う。

植田 政策は明確に方針を指し示し、揺るがないことが基本。
温暖化問題が典型的で、長期の見通しが大事。
2050年、世界で温室効果ガスの60~80%削減という方向が、
日本やEUから打ち出され、投資の確実性に。

--環境経済の政策研究の狙いは?

西尾 研究の動機は3つ。
一つは、日本の超スターン・レビューがあってもよい。
国立環境研究所など、温暖化問題の研究に取り組み、
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書に取り上げられ、
成果を上げてきたが、循環型社会なども含め、
地球レベルから都市や地域の問題まで厚みのある検討が必要。
来年10月、生物多様性条約の第10回締約国会議(COP10)が
名古屋市であり、生物多様性と経済との研究も大事。

第2に、環境から見た経済見通しがあってもよい。
第3に、日銀短観のように、短期の経済指標の環境版があってもよい。
昨年は、ガソリンの価格が急激に変動し、消費量も変化。
ガソリン消費量に、価格弾力性(需要が価格に従って増減)が
あるのかが論争、こうした分析は重要。
事業費は約4億円。
経済と環境の分析の上に立って、政策を機動的に実施。

地球環境問題は、シェアリングの問題。
同じ世代間の水平のシェアリングは交渉できるが、
将来世代との垂直のシェアリングは交渉しようがない。
次世代に何を残し、私たちは何を変えればよいのかが見えるような
研究をしていきたい。
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<1>スターン・レビュー

英国の経済学者ニコラス・スターン卿の報告書、06年に発表。
表題は「気候変動の経済学」。
「気候変動を無視すれば、世界大戦や1929年からの世界恐慌に
匹敵する経済的リスク。
気温5~6度の温暖化の場合、世界の国内総生産(GDP)の
5~10%相当の損失が発生」などと指摘、
早期の強力な温暖化防止政策の実施を求めている。
温暖化防止の重要性を、経済学的に明らかにし、
各国の政策に影響を与えている。

<2>グリーン・ニューディール

08年7月、英国の経済学者などのグループが報告書
「グリーン・ニューディール」を発表。
すべてのビルを発電所にするマイクロ発電、
グリーンジョブ(環境分野での雇用)の創出などを提言。
国連環境計画が、「グローバル・グリーン・ニューディール」を発表、
米国や日本もこの政策を打ち出し、世界に広がった。
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◇西尾哲茂(にしお・てつしげ)

1972年東京大法学部卒、環境庁入庁。
自然環境局長、環境管理局長、大臣官房長、
総合環境政策局長などを経て、08年から現職。

◇植田和弘(うえだ・かずひろ)

1975年京都大工学部卒、大阪大大学院博士課程修了。
京都大助教授、ロンドン大客員研究員などを経て、
94年京都大経済学部教授。中央環境審議会臨時委員。

◇牧野正志(まきの・まさし)

1973年松下電器産業(現パナソニック)入社。
生産技術研究所長、生産革新本部長などを経て、03年役員。
09年6月から現職。

http://mainichi.jp/select/science/news/20090628ddm010020014000c.html

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